幹細胞から再生した血管移植から14年、その後はどうなったのか
Posted on 21 Jun 2026 21:00 in アーカイブ特集 by Yoko Deshmukh
過去の何気ない話題でも、その後のことを調べると思いがけないことが分かり、驚いています。
2012年、ASKSiddhiでは、インド出身科学者を含む研究チームが、10歳少女の骨髄由来幹細胞を用いて再生した静脈を移植することに世界で初めて成功したというニュースを紹介した。
インド出身科学者グループ、血管を幹細胞から再生に成功 2012年6月18日
当時、この研究は再生医療分野における画期的成果として世界中から注目を集めた。
研究を主導したのは、スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)のスチトラ・スミトラン=ホルゲション(Suchitra Sumitran-Holgersson)教授率いるチームで、医学誌『ランセット(The Lancet)』に成果を発表した。
対象となったのは、肝外門脈閉塞症(extrahepatic portal vein obstruction)を患う10歳の少女であった。
研究チームは、死亡ドナーから提供された腸骨静脈を取り出し、細胞を除去して足場(スキャフォールド)だけを残した後、患者本人の骨髄から採取した幹細胞を培養して定着させることで、新たな血管を作製した。
2012年の論文によれば、移植後の血管は正常に開存し、血流も良好で、免疫抑制剤を使用する必要はなかった。また、患者の活動範囲が広がり、生活の質も向上したと報告されている。
当時、この成果は「患者自身の細胞からオーダーメイド臓器を作る時代の幕開け」として称賛され、将来的には透析用シャントやバイパス手術などで深刻化している血管不足問題を解決する可能性が期待された。
しかし、その後の経緯は、当初の期待とは異なる展開をたどることとなった。
スミトラン=ホルゲション教授をめぐっては、2008年にすでにカロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)*が、「科学的不正およびデータ改ざんの強い疑い」があるとする内部調査結果をまとめていたことが後に明らかとなった。
さらに2016年頃から、論文査読後検証サイト「PubPeer」などで研究画像に関する疑義が相次いで指摘され、ヨーテボリ大学は複数の調査を開始した。
大学側は2017年、スミトラン=ホルゲション教授と共同研究者であるマイケル・オラウソン(Michael Olausson)氏について、2012年の『ランセット』掲載論文を含む2本の論文で研究不正が認められると判断した。
一方、その後のスウェーデン中央倫理審査委員会専門部会(CEPN)による再評価では、『ランセット』論文における画像上の問題について、研究者側の説明は「奇妙ではあるが反証できない」とされ、不正認定に疑義が示されるなど、評価は必ずしも一致しなかった。
また、この研究では、実験的な血管移植を受けた複数の小児患者について、手術実施時点で適切な倫理承認が存在していたのかをめぐる批判も提起された。
一部の報道では、『ランセット』論文に記載された倫理承認情報そのものに問題があった可能性も指摘されているが、論文は2026年現在も撤回されていない。
さらに、大学側は2018年に教授の解任を求めたものの、懲戒委員会はこれを退けており、少なくとも当時の報道によれば、教授職への即時解任には至らなかった。
技術そのものについては、その後も完全に途絶えたわけではない。
スミトラン=ホルゲション教授が創業した再生医療企業「Verigraft」は、同技術を用いた欧州連合(EU)支援の臨床試験を発表しており、一定の商業化・臨床応用への取り組みは続けられている。
もっとも、患者自身の細胞を利用した再生血管移植は、現在でも一般医療として広く普及するには至っていない。
2012年に世界を驚かせたこの成果は、再生医療の可能性を示した先駆的試みとして評価される一方で、研究倫理や科学的検証の重要性を改めて問いかける事例としても記憶されることになった。
参照:
The Lancet (2012), DOI: 10.1016/S0140-6736(12)60521-6.
The Guardian, 14 June 2012.
BMJ 2017;357:j1808.
Retraction Watch, 31 March 2017.
University of Gothenburg investigation materials.
PubPeer discussions.
Verigraft corporate information.

ASKSiddhiは、Noteでも記事をアップしています。
今後メンバーシップを利用した企画なども考えていますので、
よろしければフォローしてみてください。
|
About the author
|
|
|
Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
|
User Comments