ケーララ社会改革とマラヤーラム映画の原点
Posted on 24 May 2026 21:00 in エンターテインメント by Yoko Deshmukh
近年は注目を集める機会の多いマラヤーラム映画の歴史を学べる1冊です。
マラヤーラム映画の独特な発展について紐解く著作を、「The Hindu」が紹介しており興味深かった。
The Hindu article: Beginnings of Malayalam cinema
マラヤーラム映画の発展は、ケーララ州そのものが、歴史的にしばしば独自の道を切り開いてきたこととも切り離せない。
1890年代、Swami Vivekanandaは、当時のマラヤーリ社会における深刻なカースト差別や不可触民制、さらに封建領主の支配に強い衝撃を受け、ケーララ州を「狂人の収容所」と形容した。
こうした変化は自然発生的に生まれたものではなく、長年にわたる闘争の積み重ねによって実現されたものである。
ナーダル(Nadar)カースト*の女性たちが上半身を覆う衣服を着用する権利を求めて立ち上がった「チャナール蜂起(Channar Revolt)」から、Ayyankali*、Sree Narayana Guru*、V. T. Bhattathiripad*、Sahodaran Ayyappan*ら社会改革家による差別的慣習への抵抗運動、そして道路や寺院を含む公共空間への平等なアクセスを求める運動に至るまで、その歩みは困難を伴うものであった。
また、一部のキリスト教宣教師たちも、抑圧構造を緩和する上で一定の役割を果たした。
1850年代、旧トラヴァンコール(Travancore)王国*に奴隷制廃止を迫ったことに始まり、それまで学校教育から排除されていた被抑圧カーストへの教育普及にも尽力した。
さらに、Vaikom Satyagraha*(1924年)や、Guruvayur Satyagraha*(1931年)といった歴史的運動の余波は、その後も長年にわたりケーララ社会に影響を与え続けた。
これらはいずれも、被抑圧カーストの人々に対し、寺院および周辺公共空間への立ち入りを認めるよう求めた非暴力運動であった。
この時期、マラヤーラム映画もまた、ようやく産声を上げ始めていた。
1930年、J. C. Danielが、同言語初の映画作品であるVigathakumaranを制作した。
初期のマラヤーラム映画では、他地域の映画産業で主流だった神話映画よりも、家族劇や社会問題を扱った作品のほうが圧倒的に多かった。
その多くは、個人が全財産を投じて制作した作品であり、制作本数自体も極めて少なかった。
1930年代になると、共産主義思想がケーララに流入し、農民運動や労働運動、さらには政治演劇、歌、文学、映画を生み出す文化的変動をもたらした。
後に数々の人気映画を脚本・監督することになる劇作家Thoppil Bhasiは、1952年に『Ningalenne Communistakki(あなたが私を共産主義者にした)』を執筆した。
この作品は後に映画化され、大衆への左翼思想浸透に寄与した。
その5年後、ケーララでは世界初の民主的に選出された共産主義政権が誕生した。
政権はまもなく反動勢力による抗議運動によって崩壊したものの、土地改革や教育改革を含む政策は、人間開発指標の劇的向上への基盤を築いた。
中でも、後のマラヤーラム映画に大きな影響を与えた文化運動が「映画協会運動」である。
1965年、Adoor Gopalakrishnan*とその協力者Kulathoor Bhaskaran Nair*は、ケーララ初の映画協会を設立した。
この運動は急速に広がり、町や村に次々と映画協会が誕生、世界映画の名作が毎週上映されるようになった。
それは、人々の映画というメディアへの見方を根本から変える出来事となった。
やがて、この流れはマラヤーラム映画のニューウェーブ誕生へとつながっていく。
1972年、Adoorは、当時主流だった現実逃避型娯楽作品や定型的家族劇とは対照的に、鋭いリアリズムによって人間の存在を描き出した『Swayamvaram』によって、その先頭に立った。
同じ年には、前衛的映画監督John Abrahamが『Vidyarthikale Ithile Ithile』でデビューし、さらに2年後にはG. Aravindanが『Uttarayanam』で台頭した。
その後まもなく、別の映画作家たちが商業映画と並行映画双方の長所を融合しようと試みた「ミドル・シネマ」と呼ばれる潮流が形成された。
K. G. George、Padmarajan、Bharathanらが、1970〜80年代を代表する旗手となった。
また、M. T. Vasudevan Nairをはじめとする文学界の巨匠たちや、John Paul、A. K. Lohithadasら若手脚本家たちは、人間関係の複雑さや、人間精神の本質的弱さを掘り下げた脚本を次々と生み出した。
この10年ほどで形成されてきた現在のマラヤーラム映画ニューウェーブのルーツは、まさにこの「ミドル・シネマ」時代にある。
現在の映画作家たちの多くは、こうした先人たちの作品を見て育った世代だからである。
実際、Dileesh Pothan監督による『Joji』(2021年)と、非常事態時代を背景とした『Irakal』(1985年)との間には、直接的な系譜を見いだすことができる。
しかしながら、こうしたマラヤーラム映画黄金期の名作群や、1980〜90年代の優れた商業的大ヒット作品の多くは、今なおケーララ州外ではほとんど知られていない。
『Ticket to Kerala: The Story of Malayalam Cinema』(S. R. Praveen著、Rupa Publications)より抜粋・編集。
*ナーダル(Nadar)カースト: 南インド、特にタミル・ナードゥ州やケーララ州に居住するコミュニティー。歴史的に差別的扱いを受けていたが、教育や商業活動を通じて社会的地位を向上させたことで知られる。
*Ayyankali: 19〜20世紀のケーララ州の社会改革家。被差別カーストの教育権や公共空間へのアクセス向上を求めて活動した。
*Sree Narayana Guru: ケーララ州出身の思想家・社会改革家。「一つのカースト、一つの宗教、一つの神」を掲げ、平等思想を広めた。
*V. T. Bhattathiripad: ケーララ州の社会改革家・作家。特にナンブードゥリ共同体内部の保守的慣習改革で知られる。
*Sahodaran Ayyappan: 合理主義と社会平等を提唱したケーララ州の改革家。反カースト運動や社会改革活動に従事した。
*トラヴァンコール(Travancore)王国: 現在のケーララ州南部を中心に存在した旧藩王国。イギリス統治時代にも一定の自治権を保持していた。
*Vaikom Satyagraha: 1924〜25年にケーララ州ヴァイコムで行われた反カースト運動。被差別カーストの人々に寺院周辺道路への通行権を求めた非暴力運動。
*Guruvayur Satyagraha: 1931〜32年にグルヴァーユール寺院で展開された社会運動。被差別カーストの寺院入場権を求めた。
*Adoor Gopalakrishnan: インドを代表するマラヤーラム映画監督。リアリズム重視の作品で知られ、インド並行映画運動の重要人物。
*Kulathoor Bhaskaran Nair: 映画協会運動初期に活動したケーララ州の文化活動家。Adoor Gopalakrishnanとともに、ケーララ初の映画協会設立に関わった人物として知られる。

ASKSiddhiは、Noteでも記事をアップしています。
今後メンバーシップを利用した企画なども考えていますので、
よろしければフォローしてみてください。
|
About the author
|
|
|
Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
|
User Comments