無償労働から名店へ: 料理家アケルカル氏の原点
Posted on 09 Apr 2026 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh
ニューヨークみたいな街に住んで「タダ働きさせてください」って、お願いするほうもされるほうも、現代では難しいだろうな。
「Biting Off More Than I Can Chew」を上梓した著名な料理家で、シリアルアントレプレナーでもあるラフル・アケルカル(Rahul Akerkar)氏の記事を興味深く読んだ。
Rahul Akerkar on shaping India’s dining scene in his memoir Biting Off More Than I Can Chew
アケルカル氏の原点は、マハーラーシュトラ州ナシク(Nashik)にある実家の薄暗い台所で、祖母の作る膨化米と溶かしたジャグリー(黒砂糖)を団子状にこねた菓子「kurmura chi ladoo」であった。
ニューヨークの厨房で腕を磨き、その後1999年にコラバ地区でモダン・ヨーロピアンの高級レストラン『Indigo』をオープンさせ、ムンバイーの食文化を一変させてきた。
1970年代から80年代初頭にかけて、生化学工学を学ぶためニューヨークの大学に留学していた時代、プロの厨房に自ら飛び込み、無償で働かせてほしいと申し出て回った。
「シェフにこう持ちかけたんです。1か月間、タダで働きます。もし私の仕事ぶりを気に入ってくれたら、給料を払ってください。もしダメなら、クビにしてくれて構いませんから、とね」
こうしてタダ働きを積み重ね、基礎を築いてきたアケルカル氏は、やがてインドに帰国し、『Indigo』をオープンした。
こうした自身の波乱に満ちた道のりは、同氏の回顧録『Biting Off More Than I Can Chew』(Harper Collins刊)の中で語られている。
当初は実家の台所から立ち上げたケータリング事業も、ムンバイーのケンプス・コーナー(Kemps Corner)にオープンした多国籍料理店「Under The Over」へと発展し、2007年に「世界のベスト・レストラン50(World’s 50 Best Restaurants)」に選出された「Indigo」を経て、「Indigo Delicatessens」、「Neel」、「Qualia」、「Ode」、「Waarsa」、そして最新の「Flint」に至る、数々の著名な飲食店の開業へと続く。
ニューヨークの厨房で働いた経験を持ちながらも、正式な料理学校での訓練を受けたことのなかった同氏が、自身のルーツであるインド料理という側面に深く向き合い、その風味を料理に取り入れ始めたのは、ボンベイ(現ムンバイー)で実際にインド料理を食す機会に恵まれてからのことであった。
その同氏が「Indigo」を去った経緯については、すでに多くの場で語り尽くされている。
67歳になった今、ある種の「やり尽くした」という感覚を抱いていることを認める。
「仕事は心から愛しているが、最近は『ああ、また仕事に行かなきゃ』と大儀に感じてしまう日もある。若いころは、もっとハングリー精神に溢れていたのに。アメリカから帰国したばかりで、当時はまだ『繊細なニュアンス』を持つ独立系レストランが皆無に等しかったムンバイーの地で、理想主義と未開拓のアイデアを活発に戦わせてきたという自負もある」と振り返る。
あれからインドの食文化を取り巻く環境は大きく様変わりしたが、変わらないものもある。
例えば、同氏自身が自認するADHD(注意欠陥・多動性障害)やOCD(強迫性障害)の気質、そして細部への徹底したこだわりである。
同氏の揺るぎない指針であり続けるのは、客の味覚に対する深い敬意、そして決して客の存在を当たり前のものとして軽視しないという姿勢である。

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Yoko Deshmukh
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インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
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