肩ではなく床に: インドが再発明したバイオリン奏法
Posted on 16 Aug 2025 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh
昨年非常勤講師としてお世話になった、プネー大学外国語学部の大学院生の中にインド式バイオリンを習われている方がいたことから、初めてこの奏法を知りました。
ポンディシェリの「JIPMER Heritage」で最近、バイオリンのコンサートが開催されたという話題を見つけた。
Violin concert by JIPMER Heritage Club
コンサートは「インドの古典芸術形式を推進すること」で「インドの文化遺産の無形的側面の促進」を支援する団体が後援したとある。
これは前からどこかでネタにしたかったのだが、不思議なことに、バイオリンもインドの古典楽器に含まれているようなのだ。
マハーラーシュトラ州を含め、インドで「バイオリン」というとき、その奏法は日本のわたしたちが想像するものではない。
奏者は床にあぐらをかき、左手でネックを支えつつ、楽器の渦巻き(スクロール)を床に置いて安定させる。
西洋のように左腕で楽器を抱え込むことはせず、体と床の双方で支える独特のスタイルが一般的なのである。
この姿勢は、長時間の演奏でも疲れにくく、また声楽に寄り添う伴奏をする際に弓の動きを安定させやすいという利点がある。
さらに南インドのカルナータカ音楽では、バイオリンは声楽に寄り添う伴奏楽器として欠かせない存在である。
一方、北インドのヒンドゥスターニ音楽では、サロードやシタールと並んで即興演奏を担い、独奏楽器としても高い地位を築いてきた。
西洋から渡ってきた楽器でありながら、インドでは独自の奏法と役割を獲得し、すでに伝統の一部として根付いているのである。
歴史的な背景と代表的な奏者:
南インドでは、バルスワミ・ディクシタル(Baluswami Dikshitar、ムドゥスワミ・ディクシタルの弟)が19世紀にカルナータカ音楽にバイオリンを導入したのが始まりとされる(出典: swararnava.com など)。
その後、Varahappa Iyer、Vadivelu、Krishnaswamy Bhagavatarらが普及に尽力し、20世紀初頭にはドワラム・ヴェンカタスワーミ・ナイドゥ(Dwaram Venkataswamy Naidu)やマライコッタイ・ゴービンダスワーミ・ピライ(Malaikkottai Govindaswamy Pillai)らが演奏様式を確立した(出典: https://en.wikipedia.org/wiki/Dwaram_Venkataswamy_Naidu など)。
T. チョウダイアー(T. Chowdiah、1895–1967)は7弦バイオリンを発明し、大ホールでの響きを強化するなど革新的な取り組みを行った(出典: https://en.wikipedia.org/wiki/Chowdiah など)。
近代以降では、L. シャーンカール(L. Shankar)が二重バイオリンを開発、西洋との融合音楽を牽引し、L. スブラマニアム(L. Subramaniam)は国際的な舞台で高い評価を得て、2025年にはパドマ・ヴィブーシャンを受賞している。
北インドのヒンドゥスターニ音楽においては、V. G. ジョガ(V. G. Jog、1922–2004)が代表的存在で、流麗な即興演奏で知られる(出典: https://en.wikipedia.org/wiki/V._G._Jog など)。
スンダラム・バラチャンダル(Sundaram Balachander)はシタール奏者としても著名だが、バイオリン演奏の実験的アプローチでも評価された。
現代では、スパンナ・チャンドラシェーカラン(Suppanah Chandrashekaran)やカリンディ・コミャン(Kalyani Kumaran)などが活躍しており、北インドの音楽界におけるバイオリンの存在感を強めている。
女性奏者と現代の第一線:
A. クマリ(A. Kumari)は20世紀半ばの名女性奏者として知られ、その後の世代に影響を与えた。
現代では、N. ラジャム(N. Rajam)はヒンドゥスターニ音楽における最高峰のバイオリニストとされ、独自の「ガヤキ・アング(Gayaki Ang、声楽的スタイル)」を確立した。
彼女の弟子や娘(Sangeeta Shankarなど)も国際的に活躍している。
Annavarapu RamaswamyやGanesh–Kumaresh兄弟はカルナータカ音楽で現代的な表現を追求し、若い世代の憧れとなっている。
このように、西洋から伝わった楽器でありながら、南インドのディクシタルから北インドのV. G. ジョガやN. ラジャムに至るまで、インドの巨匠たちによって独自の伝統と奏法が築かれ、バイオリンはすでにインド古典音楽の不可欠な一部として定着している。
About the author
|
|
Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。
ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
|
User Comments