小説『Lōal Kashmir』──カシミールの愛

 

Posted on 13 May 2025 21:00 in エンターテインメント by Yoko Deshmukh

繊細なテーマでもあり、ぜひ読んでみたいです。



本日も「The Hindu」で、個人的に興味深い新刊案内を見つけたので抄訳したい。

Love as a paradox | Review of Lōal Kashmir: Love and Longing in a Torn Land by Mehak Jamal

それは、ドキュメンタリー映画監督メハク・ジャマル(Mehak Jamal)のデビュー小説『Lōal Kashmir』である。

婚約者のサキブ(Sakib)が、両親が1980年代の結婚生活で直面したという苦労話を思い出し、花嫁のビーナ(Beena)がため息をつく場面から物語は始まる。
監視下で挙行された結婚式で、静かに肉を叩く儀式がまるで無言の抵抗のようだったそうだ、と語るサキブに、ビーナは、まさにこの小説全体の根底にある皮肉を込めてこう返す。
「Woh waqt koi aur tha.(それは別の時代の話だ)」。
しかしもちろん、それは“別の時代の話”ではない。
『Lōal Kashmir』が描く時間的空間は、しばしば折り重なり、反復するのである。

「Lōal」はカシミール語で「愛」と「憧れ」を意味する。
この小説は、第370条が廃止され、カシミールが完全な通信遮断下に置かれた後に生まれた。
ジャマールは、愛、憧れ、喪失をテーマにした物語を集め、圧倒的な反響を得た。
登場人物はそれぞれの物語を共有し、序文に記されているように、「世界に、自分たちがどれほど勇敢に戦ったかだけでなく、どれほど激しく愛したかを思い出してほしい」と願っている。
本書は、「Otru」(一昨日)、「Rath」(昨日)、「Az」(今日)の三つの章で構成され、時間の経過を暗示しようとしているが、実際には物語は永遠の現在に囚われている。
描かれる恋人たちには、衝動と絶望が待ち受けている。
愛でさえ個人的な逃避にはなり得ない。

最初の物語「Love Letter」では、17歳の少年ジャヴェド(Javed)が取り締まりに遭い、ポケットに隠し持っていたラブレターを兵士の前で音読させられる。
カシミールにおける軍は権力を掌握する存在であり、少年ジャヴェドはその圧制に晒されている。
一方で、実際には兵士たちもまた「ジャヴェドと同じくらい弾圧からの解放を望んでいた」。
両者の疲弊を単純な体験として片付けてしまうことは、こうした弾圧に伴う本質的な暴力と屈辱を完全に薄めてしまうことになる。

ジャマールはまた、物語の最後に登場人物の現在の状況を伝える短い注釈を加えている。

本書は、カシミールにおける愛は暴力と決して切り離せないこと、それでもなお、何度も恋人たちが勝利することを教えてくれる。
紛争地帯における愛。
時間そのものが意味を失ってしまった場所における愛。
むしろ、紛争こそが愛の根源を形作るのだ。
愛と暴力が不可分な場所で愛の物語を語ることは、苦しみを感傷的に描くか、愛を矮小化するかのどちらかのリスクを負うことになる。
ジャマールの物語はこのパラドックスの中で生きており、時にそれを捉えることに成功し、時にそれを回避している。
しかし、もしかしたら回避することもまた、ある種の真実なのかもしれない。

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インド憲法第370条は、ジャンムー・カシミール州(現在は連邦直轄領)に特別な地位を与えていた条項。

第370条の概要:
1. 特別な自治権の付与
ジャンムー・カシミール州は、インド憲法のうち、防衛・外交・通信を除く他の分野では独自の憲法を制定し、自律的な法律を持つ権利があった。
2. インドの法律の適用制限
インド政府がジャンムー・カシミールに法律を適用するには、州政府の「同意」が必要だった。
3. 二重市民権の禁止
 カシミール州の住民はインド国籍しか持てないが、非住民が同州で土地を購入することは禁止されていた(永久居住者制度)。
4. 一時的な規定とされながらも、長年にわたって存続してきた。

第370条の廃止(2019年8月5日)
インド政府(モーディー政権)は2019年に第370条を事実上廃止し、ジャンムー・カシミール地方の特別地位を撤廃した。これにより:

ジャンムー・カシミールとラダックは連邦直轄領に再編。
インド憲法全体が同地域に適用。
他州の住民も土地を購入可能。

論争と影響:
支持意見: 国家統一、テロ対策、経済開発の促進。
反対意見: 住民の意思無視、地域のアイデンティティ喪失、憲法上の合法性への疑問。
 






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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