地方都市に広がる移動式映画館

 

Posted on 05 May 2025 21:00 in インドビジネス by Yoko Deshmukh

忘れてはならないけど、都市部と地方部との格差はまだまだこれほどに大きいのです。



移動式の「バルーン・シアター(Balloon Theatre)」が南インドの小さな町を巡っているという、ほのぼのとした話題を『The Hindu』で見つけた。

How ‘balloon theatres’ are taking cinema to India’s small towns

3月27日、「ピクチャー・タイム(Picture Time)」と「MFR Cinema」が提携し、タミル・ナードゥ州初となるモバイルデジタル映画館(MDMT)を立ち上げた。

バルーン・シアターについては、「空気が抜けたり、発火したり、破裂したりするのでは」と心配する声も上がっている。
これに対して「MFR Cinemas」はこう説明する。
「キャッチーで覚えやすいので“バルーン・シアター”と呼んでいますが、文字通りの風船ではありません。この構造物は『Picture Time』が特許出願中の熱可塑性ポリウレタン(thermoplastic polyurethane)製の特注インフレータブルシステム(inflatable system)、AEIE(Acoustics Enabled Inflated Enclosure)を用いて構築されており、耐火性・耐候性を備え、安全性は抜群です。」

MDMTは設置・撤収が容易で、持ち運びにも便利な設計となっている。
「Picture Time」の創業者兼CEOであるスシル・チャウダリー(Sushil Chaudhary)氏によると、「ポータブル(Portable)」と「モバイル(Mobile)」の2種類があるという。

このうち「ポータブル」は、トイレを除き、建設や土木工事を一切必要とせず、劇場全体を10日以内に移転可能だ。
一方、「モバイル」は車載型スクリーンで、あらゆるオープンスペースをわずか3時間で、空調完備・120~140席規模の映画館に変身させることができる。

こうした柔軟性により、地方都市や農村部、インフラの整っていない地域にも、大画面で映画を楽しめる機会を届けることが可能になっている。

同社は高画質と音響を最優先に考えている。
「これまで、可搬式シアターでは難しかった音響要件も満たす壁を備えたインフレータブル・システムを設計しました。また、現地パートナーである『MFR Cinemas』の要望に応え、都市のマルチプレックス並みの体験を実現すべく、200万ルピーを投じて追加の音響壁も設置しました。これにより、適切なメンテナンスを行えば、ポータブル・シアターでありながら最長15年の長寿命を実現できるようになりました。」とスシル氏は語る。

スシル氏のビジョンは、インドにおける深刻な映画館不足の問題に取り組むことだ。
「南部5州とマハーラーシュトラ州の6州で、国内スクリーン総数の8割を占めています。たとえば、アメリカでは3億1,500万人の人口に対して4万5,000のスクリーンがあり、中国ではこの10年余りで7,000スクリーンから8万スクリーンへと爆発的に増えました。一方インドでは、1983年に2万1,000あったスクリーンが、現在では9,000未満にまで減少しています。不動産価格の高騰や規制上の課題が大きな障害となっているのです。モバイル映画館ソリューションを活用すれば、品質を損なうことなく、この“スクリーン格差”を埋めることができます。」

スシル氏は、今後10年でインド国内のスクリーン数を9,000から9万へと増やすという野心的な目標を掲げている。
「1,000万ルピー以下で映画館を建設し、運営コストも20万ルピー以下に抑えることができれば、投資収益率の高いプロジェクトとなります。これが実現すれば、映画館へのアクセスが民主化され、より多くの映画が劇場公開されるようになるでしょう。」

しかし、「Picture Time」の道のりは順風満帆だったわけではない。
「コロナ禍以前は、37台のポータブル・スクリーンを所有していましたが、パンデミックによりそのほとんどがICUや医療施設に転用されました。多くの病院から非常に有用だと評価され、恒久的な設置を希望されるケースもありました。」とスシル氏は振り返る。

コロナ禍の終息後、同社は15台のポータブル・シアターを再建し、まもなく16台目もオープン予定だ。
また、6台のモバイル・スクリーンも保有している。

MDMTのコンセプトは、気候条件の厳しい地域でも運用可能な点にあり、映画館へのアクセスに新たな変革をもたらしている。
たとえば、気温がマイナス28℃にも下がるラダック地方では、同社が特別に設計した耐候性スクリーンが活躍している。

世界各地の「移動式シアター」事例:

フランス|Cinémobile(シネモビル)
フランス中部地方を中心に、トラック型の映画館が小さな町や村を巡回している。
この「シネモビル」は、車体が展開して約100〜150席の完全なシアターに変身。
冷暖房や音響設備も完備されており、映画館がない地域でも本格的な鑑賞体験が可能となっている。

参照: Ciclic Centre-Val de Loire

イギリス|Sol Cinema(ソル・シネマ)
太陽光発電で稼働する超小型映画館。
わずか8〜10人収容のキャラバンを改造したシアターで、主に環境問題や独立系短編映画を上映している。
持続可能性をテーマにした、エコな移動シアターとなっている。

参照: The Sol Cinema

スペイン・西アフリカ|Cinecicleta(シネシクレータ)
自転車発電によるユニークな移動型映画館。
スペイン出身の2人組が、西アフリカの村々を旅しながら、住民の手で発電して映画を上映している。
地域の参加と自立を促す、コミュニティ型プロジェクトとして注目されている。

参照: Cinecicletaプロジェクト

タイ・その他|Floating Cinema(フローティング・シネマ)
タイ・クラビで設計された「アーキペラゴ・シネマ」は、海に浮かぶ筏(いかだ)を客席に見立て、スクリーンを設置。
自然と一体になった体験型映画館として世界的な話題を呼んだ。

参照: Archipelago Cinema by Ole Scheeren

イギリス|The Vintage Mobile Cinema(ヴィンテージ・モバイル・シネマ)
1960年代、英国政府が教育普及のために製作した移動式映画館トラック。
そのうちの1台が修復され、現在は「ヴィンテージ・モバイル・シネマ」としてイベント等で活躍している。
レトロな外観とインテリアが、当時の雰囲気を今に伝えている。

参照: Vintage Mobile Cinema
 






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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