ハイダラーバードの歴史的アーチ8基、修復へ

 

Posted on 04 Jul 2026 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh

ハイダラーバードの元貴族子女と婚姻した英国人がいたことも初めて知りました。



ハイダラーバードの歴史を語る上で欠かせない2つの王朝、クトゥブ・シャーヒー朝*およびアーサフ・ジャーヒー朝*の時代に建設されたアーチ型建造物群が、かつての華麗な姿を取り戻すべく、修復されることになった。

Hyderabad’s historic arches from Qutb Shahi and Asaf Jahi eras set for restoration

テーランガーナー州政府が、フサイニ・アラム・カマーン(Hussaini Alam Kamaan)*、ディワン・デオディ・カマーン(Diwan Deodhi Kamaan)* IおよびII、ダビールプラ・カマーン(Dabeerpura Kamaan)*、ハシュマットグンジ・カマーン(Hashmatgunj Kamaan)*、チャッタ・バザール・カマーン(Chatta Bazaar Kamaan)*、シャイク・ファイズ・カマーン(Shaik Faiz Kamaan)*、ラニグンジ・カマーン(Ranigunj Kamaan)*の8基について、改修工事を決めた。

修復・改修工事の費用は約1億1,860万ルピーと見込まれている。

6月初旬には、かつてサラール・ジュング家*が所有していた土地に建つチャッタ・バザール・カマーンの一部が、雨の影響により崩落する事態が発生していた。

ハシュマットグンジ・カマーンは、1798年ごろから1805年までハイダラーバードに駐在した英国人、ジェームズ・カークパトリックにちなんで名付けられた。
同氏は貴族階級出身のカイルンニサ(Khairunnisa)*と結婚し、ハシュマット・ジュングの称号を授けられていた。

参考:
*クトゥブ・シャーヒー朝
1518年から1687年まで、デカン地方のゴールコンダ王国を支配した王朝。ゴールコンダを拠点とし、のちにハイダラーバードを建設した。チャールミナール、ゴールコンダ城、クトゥブ・シャーヒー廟群などは、この王朝の建築文化を象徴する代表的な遺産とされる。

*アーサフ・ジャーヒー朝
1724年から1948年までハイダラーバード藩王国を統治した、ニザームの王朝。ハイダラーバードはこの時代に、宮殿、湖、病院、教育機関などを備えた有力な藩王国の中心都市として発展した。

*フサイニ・アラム・カマーン(Hussaini Alam Kamaan)
ハイダラーバード旧市街の歴史的景観を形づくるカマーンの1つ。フサイニ・アラム周辺は、宗教施設、古い市場、住宅街が重なる地域であり、こうしたアーチ門は単なる通行口ではなく、旧市街の記憶を伝える都市遺産としての意味を持つ。

*ディワン・デオディ・カマーン(Diwan Deodhi Kamaan)
「ディワン」は首相、「デオディ」は邸宅や屋敷を意味し、ディワン・デオディはサラール・ジュング家の邸宅群として知られた。Google Arts & Culture掲載のSalar Jung Museum資料によると、同地にはかつて多くの建物、中庭、客殿、倉庫、厩舎などがあり、建築様式にはクトゥブ・シャーヒー、ムガル、欧州の要素が混在していた。

*ダビールプラ・カマーン(Dabeerpura Kamaan)
旧市街の街路網に残る歴史的なカマーンの1つ。ハイダラーバードでは、カマーンが宮殿、邸宅、市場、宗教施設などをつなぐ都市空間の目印として機能してきたため、個々のアーチは地域の生活史とも結びついている。

*ハシュマットガンジ・カマーン(Hashmatgunj Kamaan)
英国東インド会社のハイダラーバード駐在官だったジェームズ・カークパトリック(のちのハシュマット・ジュング)にちなむカマーン。カークパトリックは、英国側の政治的代表でありながら、ハイダラーバードの貴族社会とも深く関わった人物として知られる。

*チャッタ・バザール・カマーン(Chatta Bazaar Kamaan)
ディワン・デオディ周辺の歴史的構造物の1つ。前述Salar Jung Museum資料によると、サラール・ジュング一世が、バーラダリーの庭園とディワン・デオディを結ぶためにチャッタ・バザールにアーチを建てたとされる。今回の修復計画では、雨による一部崩落が保存の緊急性を改めて示す出来事となった。

*シャイク・ファイズ・カマーン(Shaik Faiz Kamaan)
ハイダラーバード旧市街に残る歴史的なカマーンの1つ。個別の由来については広く確認できる公的情報が限られるが、今回の修復対象に含まれていることから、都市遺産として保存上の重要性が認められているとみられる。

*ラニグンジ・カマーン(Ranigunj Kamaan)
ハイダラーバードの歴史的なカマーンの1つ。ラニグンジは商業・交通の動きと結びついて発展してきた地域で、こうしたカマーンは旧市街中心部だけでなく、都市の広がりのなかにも歴史的構造物が残されていることを示している。

*サラール・ジュング家
ハイダラーバード藩王国で大きな影響力を持った名門貴族の一族。Salar Jung Museumによると、一族から5人がニザーム統治下で首相を務めた。美術品や写本、骨董品の収集でも知られ、そのコレクションはのちにサラール・ジュング博物館の基礎となった。

*カイルンニサ(Khairunnisa)
ハイダラーバードの旧貴族階級出身の女性で、ジェームズ・カークパトリックの妻。2人の結婚は、英国東インド会社の駐在官とハイダラーバードの貴族社会との関係を象徴する出来事として、後世にも語られている。
 

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About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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