インド最高裁、「外傷医療を受ける権利」は生命権の一部と判断
Posted on 27 Jun 2026 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh
あたりまえのようなことが、そうでもない世界がある。そこがインドです。
インドに住んでいると、ケガや病気などで一刻も早く病院へ急ぎたいとき、救急車ですらブロックされる道路状況に不安を覚えることは、誰しもあるだろう。
「The Hindu」に、こうした状況を鑑みて、今年5月に最高裁が下した判決について論じた記事が掲載されていたので、興味深く読んだ。
Clearing the road to timely trauma care in India
5月26日、インド最高裁判所は、公衆衛生政策に大きな影響を及ぼす画期的な判決を下した。
2024年10月にセーブライフ財団(SaveLIFE Foundation)が提起した憲法救済請願を審理した訴訟において、外傷医療を受ける権利は、憲法第21条が保障する生命権の不可欠な一部であると判断したのだ。
裁判所は、この権利が受傷現場から最終的な病院治療に至るまでの全過程に及ぶと認定し、インド連邦政府、各州政府および連邦直轄領に対して、実施期限を3か月から6か月とする9項目の拘束力を持つ指示を出した。
国家犯罪記録局(National Crime Records Bureau、NCRB)の統計によると、インドでは毎年約46万7,000人が交通事故、転落、火傷、溺水、産業事故、火災、災害などによる外傷で命を落としている。
交通事故だけでも年間約17万7,000人が死亡している。
外傷は18歳から45歳までのインド人の死亡原因の第1位となっている。
法務委員会の第201次報告書は、交通事故による死亡者の半数は適切な時期に医療を受けることで救命可能であると推計している。
また、2021年に公表された政策シンクタンク「NITI Aayog」と全インド医科大学(AIIMS)による救急・外傷医療報告書は、死亡例の少なくとも30%が緊急対応の遅れに関連していることを明らかにした。
インドに外傷医療に関する政策や指針が欠けているわけではない。
しかし、全国的に統一され、法的拘束力を持つ外傷医療体制はこれまで整備されていなかった。
今回の判決は、過去の判例を踏まえたものである。
1989年の「Parmanand Katara vs Union of India」事件*では、医師には緊急患者を救命する義務があることが認められた。
1996年の「Paschim Banga Khet Mazdoor Samiti vs State of West Bengal」事件**では、緊急医療へのアクセスが憲法第21条の保障する権利に含まれると判断された。
今回の判決では、憲法第21条は負傷者を医療へと結び付ける一連の流れ全体を保護するとされた。
すなわち、現場に居合わせた市民、緊急通報、救急車、救急救命士、患者を受け入れる医療機関など、外傷患者を治療へ導くすべての要素が対象となる。
この考え方は、国家に対し、統合された外傷対応システムを構築し維持する積極的義務を課すものである。
これは重要な視点である。
外傷患者の生存率は個々の病院の能力だけでなく、システム全体の機能によって左右されるからである。
高度な設備を備えた病院でも、救急車の到着が遅れれば意味がない。
通報者が法的な不利益を恐れて救急要請をためらえば、救急車は出動できない。
また、患者が時間内に病院へ搬送されなければ、優秀な外傷外科医であっても救命できない。
インド憲法第7附則では、公衆衛生、病院、救急搬送サービスは州政府の管轄事項とされている。
そのため、全国共通の外傷医療制度を整備するには、中央政府と州政府との協力が不可欠である。
34の州および連邦直轄領が裁判所に提出した報告書では、中央政府の政策を実施し、外傷医療を標準化する意思が示されている。
インド司法長官(Attorney General)が「中央政府は実施主体ではなく支援者として機能すべきだ」と主張したことを受け、最高裁は中央・州双方による「持続的かつ協調的な努力」を求めた。
今回の命令は、憲法上の権限分配を変更するものではなく、既存制度に司法的裏付けを与えるものである。
対象となる制度には、「Prime Minister - Road Accident Victims' Hospitalisation and Assured Treatment(PM RAHAT)」*、「国家救急車規格(National Ambulance Code、AIS-125)」*、「Emergency Response Support System(ERSS-112)」*、救急救命士(Emergency Medical Technician、EMT)*教育課程、「善きサマリア人(Good Samaritan)」* 保護規則、保健省の外傷医療ガイドラインなどが含まれる。
裁判所の指示は大きく5つの分野に分けられる。
第1は通信体制である。 100、101、102、108、1033、1091などの緊急番号および州独自の番号は、3か月以内に全国共通番号「112」へ統合され、大規模な広報活動も実施されなければならない。
第2は善意の通報者保護である。
各州は、「善きサマリア人」が不利益を受けた場合に救済を求められる対面・オンライン双方の苦情処理制度を整備し、州・地区レベルに担当機関を設置することが義務付けられた。
第3は病院到着前の対応強化である。
公営・民間を問わず登録済みのすべての救急車は国家救急車規格に適合し、GPSを112番システムとリアルタイムで連携させる必要がある。
また、出動時間や治療成果について定期的な監査を受けなければならない。 州政府には、国家医療関連専門職委員会(National Commission for Allied and Healthcare Professions、NCAHP)が定めた救急救命士教育課程の採用も求められた。
第4は病院機能の透明化である。
外傷治療施設は能力に応じて格付けされ、住民が利用可能な医療レベルを容易に把握できるようにしなければならない。
第5は財政面である。
州政府は8週間以内に、交通事故被害者向け無償治療制度であるPM RAHATを実施する必要があり、履行しない場合は自動車法違反とみなされる。
さらに裁判所は、保健家族福祉省に対し、全国共通の医療救助プロトコルおよび外傷登録システムのデータ形式を策定するよう命じた。
各州の外傷登録簿は、将来的に全国的なデータベースへ統合される予定である。
今回の判決の意義は、憲法上の権利宣言だけでなく、その履行監視の仕組みにもある。
判決文は全国の州首席事務官へ送付され、実施状況報告書を裁判所書記官室へ提出することが義務付けられた。
また、インド司法長官が進捗状況を監督する役割を担う。 裁判所は約4か月後に再び審理を行い、追加指示を出す予定である。
もっとも、実施には多くの困難が予想される。
州ごとの行政能力には大きな差があり、救急搬送ネットワークも依然として不均衡である。
緊急通報番号の統合も長年遅れてきた。
しかし、今回の判決によって、不作為の責任は明確に州政府側へ移った。
今後は各州が最高裁に対して進捗状況を示さなければならない。
交通事故や転落事故に遭ったインド国民が、「どの番号へ電話すればよいのか」「救助は本当に来るのか」「近くに適切な病院はあるのか」と不安を抱くことのない社会を実現することが、今後の政府の課題となる。
最高裁は憲法上の論点に決着をつけた。
残された使命は、迅速かつ効果的な外傷医療を現実のものとすることである。
※著者のピユーシュ・テワリ(Piyush Tewari)氏は、交通安全推進および外傷医療改善に取り組む非営利団体「SaveLIFE Foundation」の創設者兼最高経営責任者。
脚注:
* 「Parmanand Katara vs Union of India」事件:1989年のインド最高裁判決。事故や急病患者に対し、医師は所属する病院の種別を問わず応急処置を行う義務があると認定した。
* 「Paschim Banga Khet Mazdoor Samiti vs State of West Bengal」事件:1996年のインド最高裁判決。適切な緊急医療へのアクセスは、憲法第21条が保障する生命権に含まれると判断した。
* PM RAHAT:交通事故被害者に対し、一定期間の無償治療を保障するインド中央政府の制度。
* AIS-125:インド政府が定める救急車の設備・医療機器・運用基準に関する国家規格。
* ERSS-112:警察、消防、救急などを統合した全国共通の緊急通報システム。
* EMT(Emergency Medical Technician):救急車内などで応急処置を行う救急医療従事者。
* Good Samaritan(善きサマリア人):事故現場で負傷者を救助・通報した一般市民を、法的責任や警察手続き上の負担から保護する制度。

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Yoko Deshmukh
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インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
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