ベンガルに根付いたグアバの物語
Posted on 08 Mar 2026 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh
マラーティー語「ペルー」と呼ばれる背景が、ようやく分かりました(諸説あり)。
「Scroll」に、グアバの歴史を例に、世界史が帝国や戦争だけでなく、植物、食料、移住、文化の混合によっても形作られてきたことを説明する記事が掲載されていたので、抄訳したい。
The guava’s whisper: Recovering stories for a post-Western world
もともと中南米原産であるグアバ(学名:Psidium guajava)は、ポルトガル人によってベンガルに持ち込まれた。
16世紀、ポルトガルの船が偶然、グアバの種子をインドへ持ち込んだとされる。
これらの船は当時、大陸を越えて植物、動物、そして食料を輸送した初期の世界貿易システム(コロンブス交換)の一端を成していた。
ポルトガル船がベンガル・デルタ地帯に到達した際、捨てられたグアバの種子が肥沃な川の土壌で容易に発芽し、それから数十年のうちに、グアバの木はベンガル全土に自然に広がったとされる。
ポルトガル人はグアバに加え、唐辛子、トマト、カシューナッツ、パイナップルなど、現在インドで広く栽培されている多くの農作物を持ち込んだ。
ベンガルにおけるポルトガル人の存在は、ポルトガル人男性とベンガル人女性の結婚、貿易と軍事奉仕、宣教活動などを通じ、フィリンギ(「フランク」を語源とし、ヨーロッパ人を意味する)と呼ばれる混合コミュニティを形成した。
これにより、ポルトガル文化、ベンガル文化、アラビア文化、ムガル文化など、さまざまな影響が融合し、特に食文化に顕著に表れた。
例えば、ポルトガルのグアバペースト(ドセ・デ・ゴイアバ)をベンガルのジャガリー(グル)およびスパイスと混ぜ合わせた菓子が誕生した。
また、ポルトガル人によってもたらされた唐辛子は、ベンガル料理を大きく変えた。
グアバがベンガル地方で広く普及した理由として、栽培が容易であること、耐寒性があること、有用性が高いことなどが挙げられる。
茶やパイナップルなどの作物とは異なり、グアバはほぼどこでも生育することから、果実は食用、葉は薬用、木材は道具用など、人々はグアバをさまざまな用途で利用するようになった。
また手軽に入手できることから、グアバはまたたく間に、ベンガルおよびインドの日常生活の一部となった。
今日、ベンガルではグアバ(ベンガル語でpeyara)は完全に順化され、多くの人はもはやグアバを外来種とは考えていない。
しかしグアバは、大陸間の地球規模の生物学的交流、インドにおけるポルトガル人の存在、そして地域社会の文化的創造性の結果として、社会がいかに外来種を消化し、自らのものとしてきたかを象徴する存在となっている。
補足として、グアバがマラーティー語およびコンカニ語で「ペルー(पेरू)」と呼ばれていることについて、「ChatGPT」先生に聞いてみた。
マラーティー語の पेरू(ペルー)は、南米の国名ペルーに由来すると広く考えられている。
その言語的背景として、こうした命名パターンは植民地時代によく見られた。
たとえばマラーティー語の起源「बटाटा(batata)」はポルトガル語でジャガイモを意味する言葉であり、同様の例がパイナップルを指す「अननस(ananas)」、カシューナッツを指す「काजू(kaju)」などにも見られる。
※ただし、言語学者の間では、ペルーは果物の南米起源を指すという点で概ね一致しているが、正確な言語的経路は歴史的文献に完全には記録されていないとしている。

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Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
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