エタノールはSAFを変えるか―インドの航空燃料戦略と課題
Posted on 25 Apr 2026 21:00 in インドの政治 by Yoko Deshmukh
世界の害悪としてのT爺N爺のせいで陥ったエネルギー危機の中、この分野の開発加速は必至と言えそう。
今月17日、インド政府は、持続可能な航空燃料(SAF)の製造原料としてエタノールを活用する方針を打ち出す通達を発出した。
How is ethanol used in Sustainable Aviation Fuel?
航空機が商業規模でバッテリーや水素をまだ利用できないため、航空分野の脱炭素化は、これまで困難とされてきた。
その結果、国際的な排出規制の枠組みを順守する主要な手段として、SAFへの依存度が高まっている。
ただし、エタノールをジェットエンジンの燃料として使用可能にするには、「アルコール・トゥ・ジェット(ATJ)」と呼ばれる特殊なプロセスを経る必要がある。
このプロセスでは、エタノールから水分を除去(脱水)し、炭化水素鎖を伸長させた上で、水素化処理が施される。
ATJプロセスを経ることで、未加工のエタノールがそのままジェットエンジンに供給される事態は回避される。
したがって、批判的な意見で指摘されているような、推力の低下や、水分を吸収することによる燃料配管の詰まりといった不具合が生じる恐れはない。
また、ATJ燃料のエネルギー密度は、従来のジェット燃料のそれに極めて近い水準にある。
具体的には、エタノール1kgを燃焼させた際に放出されるエネルギー量は約26.8MJであるのに対し、従来のジェット燃料では約43MJとなる。
しかし、ATJプロセスによってエタノールは「高付加価値化」され、そのエネルギー密度は通常、1kgあたり42〜44MJの範囲にまで引き上げられる。
体積ベースで見ると、ジェット燃料は1リットルあたり約34〜35MJのエネルギーを供給するが、ATJ燃料も、その組成次第ではあるものの、これと比べてもごくわずかに低い程度のエネルギー密度を維持している。
その結果、航空機が同等の航続距離を飛行しようとする場合、ATJ燃料は体積ベースで従来の燃料より約5〜10%多く搭載する必要があるにとどまる。
これに対し、ATJプロセスを経ない未加工のエタノールをそのまま使用したとすれば、必要となる燃料の体積は約60%も増加した上、腐食防止対策が施された特殊な機体部品の採用も余儀なくされていたはずである。
ATJエタノールは化学的に灯油と類似しており、既存の航空燃料インフラをそのまま活用して取り扱うことが可能である。
世界の航空燃料規格を策定するASTM International(旧米国材料試験協会)も、このATJ製造ルートを正式に承認しており、SAFへの混合比率として最大50%までの使用を許可している。
もっとも、未加工のエタノールを陸上輸送用燃料の一部として利用する場合と同様に、SAFの製造においても、その原料供給に対して一定の負荷がかかることは避けられない。
サトウキビ生産へのさらなる負担を増大させることなくSAFの生産量を拡大できるかどうかは、第2世代エタノール(非食用のバイオマス原料から製造されるエタノール)をいかに迅速に商業規模で生産できるようになるかにかかっている。
ーーー
インドにおけるエタノール燃料政策:
石油輸入依存の低減と農業支援を主目的として、2000年代初頭から段階的に導入されてきた。
2003年には、ガソリンへのエタノール混合(エタノール・ブレンディング・プログラム、EBP)が一部地域で開始され、その後全国規模へと拡大された。当初の混合率は5%であったが、供給体制や価格調整の整備を経て、2010年代後半以降、政策は大きく加速する。
特に2018年の「National Policy on Biofuels」を契機として、サトウキビ由来のエタノールに加え、穀物や農業残渣などを原料とする多様なバイオエタノールの活用が推進されるようになった。また、余剰農産物の有効利用と農家収入の安定化も重要な政策目的として位置づけられている。
その後、政府はエタノール混合率の目標を段階的に引き上げ、当初2030年とされていた20%混合(E20)の達成目標は、2025年へと前倒しされた。これに伴い、エタノール生産能力の増強、流通インフラの整備、自動車側の対応(フレックス燃料車の開発など)も進められている。
もっとも、この政策には一定の懸念も指摘されている。とりわけ「食料と燃料の競合」という問題である。サトウキビやトウモロコシなど、食用としても重要な作物が燃料用途へと振り向けられることで、食料価格への影響や、水資源の過剰利用につながる可能性があるとする見方がある。
実際、サトウキビは水消費量の多い作物であり、地下水資源への負荷を懸念する声も少なくない。また、エタノール需要の拡大が特定作物への依存を強め、農業の多様性を損なう可能性も議論されている。
こうした課題への対応策として期待されているのが、第2世代エタノール(非食用のバイオマス原料から製造されるエタノール)の普及である。農業廃棄物や稲わらなどを原料とするこの技術が商業規模で確立されれば、「食料 vs 燃料」という構造的な緊張関係を一定程度緩和できる可能性がある。
なお、特にバイオ燃料政策の初期段階では、「食料と競合しない原料」としてジャトロファ(Jatropha)への期待も高かった。ジャトロファは非食用の油糧植物であり、乾燥地や痩せた土地でも栽培可能とされ、食料生産と競合しない理想的なバイオ燃料原料と位置づけられていた。
しかし実際には、期待されたほどの収量が安定して得られないことや、商業規模での栽培に必要なコストや管理体制の課題が明らかとなり、大規模な普及には至らなかった。この結果、インドのバイオ燃料政策はジャトロファ中心から、サトウキビや穀物を原料とするエタノールへと軸足を移していくこととなった。
この経験は、「非食用であれば持続可能である」という単純な前提が必ずしも成立しないことを示すものであり、現在進められている第2世代エタノールの開発においても、技術面だけでなく、供給網や経済性を含めた総合的な実現可能性が問われている。
近年では、燃料用途の拡大は陸上輸送分野にとどまらず、本稿で述べたように航空燃料への応用へと議論が広がっている。これは、エネルギー安全保障、農業政策、そして脱炭素化を同時に達成しようとするインドの包括的なエネルギー戦略の延長線上に位置づけられるものであるが、その持続可能性は原料調達のあり方に大きく依存しているといえる。

ASKSiddhiは、Noteでも記事をアップしています。
今後メンバーシップを利用した企画なども考えていますので、
よろしければフォローしてみてください。
|
About the author
|
|
|
Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
|
User Comments