インドに根を下ろした英国人ジャーナリスト、マーク・タリー卿の生涯

 

Posted on 27 Jan 2026 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh

先日来、インド渡航迷惑系やヘイターたちと精神的に向き合いながら考え続けてきた、自らのアイデンティティとは、誠に僭越ながら、まさにこの方の姿を理想として思い描いてきたものだったと感じました。



長年にわたり英BBCの「インドの声」として知られた放送作家・ジャーナリスト、マーク・タリー卿(Sir Mark Tully)が90歳で亡くなったという訃報に接した。

Sir Mark Tully, the BBC's 'voice of India', dies aged 90

数十年にわたり、英国のみならず世界中のBBC視聴者にとって、タリー卿の豊かで温かみのある語り口は、インドを理解するための重要な窓口であり続けた。
高く評価された外国特派員として、インド関連報道を担うリポーター兼コメンテーターとしても活躍し、戦争、飢饉、暴動、暗殺事件、ボパール・ガス漏出事故、さらにはインド軍によるシーク教黄金寺院への突入など、同国の歴史的転換点を数多く取材した。

1992年、北インドのアヨーディヤーでは、ヒンドゥー教強硬派の大群が古いモスクを破壊する現場を目撃した。
この際、BBCに疑念を抱く群衆の一部が「マーク・タリーに死を」と叫び、タリー卿を脅迫。
数時間にわたり監禁された後、現地の役人とヒンドゥー教僧侶によって救出された。
この破壊行為は、インド史上類を見ない宗教暴動を引き起こし、数年後、タリー卿はこれを1947年の独立以来、世俗主義にとって「最も深刻な挫折」だったと語っている。

BBC時事部門の暫定CEOであるジョナサン・マンロー(Jonathan Munro)氏は声明で、「外国特派員のパイオニアの一人として、報道を通じてインドを世界に紹介し、英国および世界の視聴者にインドの活気と多様性を伝えた。公共奉仕とジャーナリズムへの献身により、デリー支局長を務め、BBC各局で活躍し、インドと英国の双方で広く尊敬されていた」と功績を称えた。

タリー卿は1935年、当時のカルカッタ(現コルカタ)で生まれた。
父は実業家、母はベンガル生まれで、貿易商や行政官を輩出した家系に連なっていた。
英国人の乳母に育てられたが、成長とともにヒンディー語を流暢に操るようになり、デリーの外国人記者団の中でも稀有な存在だった。
視聴者からは親しみを込めて「タリー・サーヒブ」と呼ばれ、インドの一流政治家、編集者、社会活動家から深い信頼と友情を得ていた。

生涯を通じ、タリー卿は常にバランスを重んじた人物だった。
紛れもない英国人でありながら、「インドを通り過ぎるだけの外国人ではない」と語り、インドに自らのルーツと故郷があり、人生の4分の3を同国で過ごしたことを誇りとしていた。
1965年にBBC職員としてインドに駐在し、当初は事務補佐だったが、やがて記者として頭角を現した。
その強い個性とインド社会への洞察は際立っていた。

一方で、インドの貧困やカーストに基づく不平等に対して「甘すぎる」と批判する声もあった。
しかし、独立後インドの基盤となった宗教的寛容への明確なコミットメントを評価する人々も多い。
2016年にはインドの新聞に対し、「この国の世俗文化を大切にし、あらゆる宗教が栄えるようにすることが重要だ。ヒンドゥー教徒の多数派主義を主張することで、これを危険にさらしてはならない」と語っている。

タリー卿は机上の空論に終始する特派員ではなかった。
時間があれば列車でインド各地や近隣諸国を精力的に旅し、一般市民からエリート層に至るまで、人々の希望、不安、試練、苦難を代弁した。
シャツやネクタイと同じように、クルタを身にまとうことにもためらいはなかった。

1975年、当時の首相インディラ・ガンディーが非常事態宣言を発令する24時間前、タリー卿はインドから追放されたが、18か月後に復帰。
その後はデリーを拠点とし、20年以上にわたりBBCデリー支局長を務めた。
インド報道にとどまらず、バングラデシュ建国、パキスタンの軍事政権期、スリランカにおけるタミル・イーラム解放の虎の反乱、旧ソ連によるアフガニスタン侵攻など、南アジア全体の報道を主導した。

1990年代に入ると、BBCの企業理念との乖離が表面化し、1993年には当時のジョン・バート局長が「恐怖」でBBCを運営していると批判する演説を行い、これが決定的な転機となった。
翌年にBBCを辞任した後も放送活動は続け、とりわけ「Radio 4」の番組「Something Understood」では、学生時代から関心を寄せていた信仰と精神性をテーマに司会を務めた。

外国人としては異例のことに、インドで最も権威ある民間人表彰であるパドマ・シュリー勲章およびパドマ・ブーシャン勲章を受章。
英国からも功績が認められ、2002年の新年叙勲で放送とジャーナリズムへの貢献によりナイトの称号を授与された。
タリー卿はこれらの栄誉を「インドにとっての名誉」と表現していた。

晩年は南デリーで質素な暮らしを送りながら、エッセイ、分析、短編小説など、時にはパートナーのギリアン・ライト(Gillian Wright)氏との共著を含め、インドに関する著作を書き続けた。
英国国籍を放棄することはなかったが、後年にインド海外市民権(OCI)を取得したことを誇りとし、「自分が属していると感じる2つの国、インドとイギリスの市民権を得た」と語っていた。
 


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About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

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