プネー、ベーカリー黄金時代を迎えて

 

Posted on 20 Sep 2025 21:00 in ASKSiddhi独断うまい店 by Yoko Deshmukh

すてきなベーカリーが林立する以前のお気に入りといえば、写真のようにマスカ・パオ(Maska Pav、バターつきパン)に卓上のお砂糖を振って食べることだったな。



かつてプネーで「パン」といえば、街角のキラナ(個人商店)に無造作に山積みされたサンドイッチローフやパオ(pav)ぐらいしかなかった。
まるで段ボールを噛んでいるかのように味気なく、しかもポロポロと崩れやすく扱いにくいそれを、どうにか工夫して自分好みの具材を挟んだり、ちょっと背伸びして買ったジャム(当時から「St Dalfour」のジャムは売っていた)や「Amul」のチーズスプレッドを塗って食べていたものだった。
たまにイラーニー経営の「Kayani Bakery」や「Persian Bakery」で比較的まともなパンを見つけたときの、あの小さな喜びは今でも忘れられない。

そして時代はあっという間に移り変わった。
本格フレンチ式ベーカリー「La Bouchee d’Or」や、韓国ベーカリー「London Muffin」がオートリクシャーですぐ行ける場所にオープンしたときの胸の高鳴り。
夢のようだった。
値段は少し背伸びどころか、ほんの少し買うだけで2,000ルピーをゆうに超えてしまうほどのぜいたく。
それでも「今日は自分へのご褒美だから」と心に言い訳をして通った。
あの甘い香りに包まれる瞬間が、何よりの幸せだった。
コロナ禍でも「La Bouchee d’Or」はいち早く、デリバリーの窓口をオープンしてくれて、ロックダウンの苦しい日々にひとときの癒やしを届けてくれた。

そしていまや、プネーはベーカリー黄金時代。
ASKSiddhi調べで“世界一のクロワッサン”を誇る「Dohiti」、そして“世界一のチキンカツサンド”を作る「Tokyo Bakery」。
しかも、お店に行かなくてもフドーデリバリーのZomatoやSwiggyを開き、指先ひとつで至福のパンが届く――そんな夢のような時代に、わたしは生きている。

思い出すのは、20歳の大学生の頃。
初めての海外旅行で訪れた釜山。
坂道の途中でふと見つけたベーカリーのショーケースに並んでいた菓子パンは、日本のものとよく似ていて、若い胃袋を満たすのには十分なほど大きかった。
仲間と大量に買い込み、帰りの船でわくわくしながらかじりついた。
だが、ひと口食べて、衝撃。
パンはポソポソ、中のクリームはせっけんのような味。
期待が大きかった分、落胆も大きく、必死に飲み込みながら「これが外国の味なのか」と苦笑したものだった。

それからほどなくして、わたしは「外国」というにはあまりにもぶっ飛んだ国――インドに移り住むことになった。
あのとき釜山で覚えた違和感など比べものにならないほどの大きな異文化の波に飲み込まれながら、それでもこの街で暮らしてきた。
そして今、時代は不思議なめぐり合わせのように、再びわたしに「ご褒美」を与えてくれている。
パンを通じて、心からの喜びをくれるようになった。

ありがとう、インド。
ありがとう、プネー。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



Share it with


User Comments

Leave a Comment..

Name * Email Id * Comment *