大ニコバル諸島の危機――環境破壊と先住民の未来

 

Posted on 08 Sep 2025 21:00 in インドの政治 by Yoko Deshmukh

ソニア・ガーンディー氏の寄稿によるコラムの抄訳です。知っておいてよかった。



先日たまたま「DSS Nalanda」によるチェンナイからアンダマン・ニコバル諸島への船旅「ヴィログ」を視聴したばかりだったので、この島が脅かされている危機を知り、動画にも登場していた島民の青年の顔が浮かび、胸が痛む。

以下に、最大野党であるインド国民会議派(Congress Parliamentary Party)ソニア・ガーンディー(Sonia Gandhi)議会党首による、「The Hindu」紙への寄稿を抄訳したい。

The making of an ecological disaster in the Nicobar

過去11年間、中途半端で思慮に欠ける政策決定が後を絶たない。
こうした計画的な失敗の連続の中でも最新のものが大ニコバル諸島の巨大インフラ整備計画である。
全く見当違いな7,200億ルピーの支出は、島の先住民部族社会に存亡の危機をもたらし、世界有数の動植物生態系を脅かし、自然災害の影響を非常に受けやすい。
にもかかわらず、この計画はあらゆる法的・審議プロセスを愚弄するかのように、無神経にも強行されようとしている。

大ニコバル諸島には、ニコバル族とションペン族(特に脆弱な部族集団)という2つの先住民コミュニティが居住している。
ニコバル族の祖先の村落は、この計画対象地域に含まれていた。
ニコバル諸島の人々は2004年のインド洋津波の際に村からの避難を余儀なくされたが、このプロジェクトにより、永久に移住を強いられ、先祖代々の村に戻ることは叶わぬ夢となる。

ションペン族はさらに大きな脅威に直面している。
連邦部族省(Union Ministry of Tribal Affairs)が通知した島の「ションペン政策(Shompen Policy)」は、当局に対し「大規模開発計画」を検討する際、部族の福祉との「一体性」を最優先するよう明確に求めている。
ところが、この強引な計画はションペン族保護区の大部分を指定解除し、ションペン族が暮らす森林生態系を破壊し、島への大規模な人口流入と観光客流入を引き起こす内容となっている。
最終的に、ションペン族は先祖伝来の土地から切り離され、社会的・経済的に自立できなくなるだろう。

部族の権利を守るために設立された憲法および法定機関は、この政策全体を通して無視されてきた。
憲法第338-A条に定められているように、政府はプロジェクト策定前に国家指定部族委員会(National Commission for Scheduled Tribes)に相談すべきところ、そうしなかったばかりか、大ニコバル島および小ニコバル島の部族評議会(Tribal Council of Great Nicobar and Little Nicobar Island)にも相談していない。
ニコバル諸島の部族民が先祖伝来の村落に帰還できるよう求める評議会議長の嘆願は無視されたままだ。

地域コミュニティを保護するために設けられた適正手続きと規制上の保護措置は、回避されてきた。
「土地収用、復興、再定住における公正な補償と透明性の権利に関する法律(Right to Fair Compensation and Transparency in Land Acquisition, Rehabilitation and Resettlement Act, 2013)」に基づき実施された社会影響評価(Social Impact Assessment、SIA)では、ニコバル諸島民とションペン族をプロセスの利害関係者として考慮し、プロジェクトが彼らに与える影響を評価すべきであった。
しかし、彼らへの言及は全く省略されている。
「森林権利法(Forest Rights Act (2006))」は、ションペン族に森林の保護、保全、規制、管理の権限を与えるものであり、あらゆる政策措置の根拠となるべきであった。
しかし、ションペン族はこの件に関して一切協議されておらず、部族評議会もこの事実を認めている。
この国の法律はまったく軽んじられ、この国で最も脆弱な住民たちが、最大の代償を払わされるかもしれないという、とんでもない事態に陥っている。

生態学的に見ても、このプロジェクトはまさに環境的かつ人道的な大惨事と言える。
このプロジェクトでは、島の面積の約15%にあたる樹木を伐採する必要があり、国内のみならず世界的にも類まれな熱帯雨林の生態系が壊滅的な打撃を受けることになる。
環境・森林・気候変動省(Ministry of Environment, Forests, and Climate Change)は、85万本の樹木が伐採される可能性があると推計している。
これだけでも憂慮すべき数字だが、同時に過小評価との見方もある。
別の独立した推計では、最終的に320万本から580万本の樹木が伐採される可能性があると示唆されているためだ。

この無差別な樹木被害への政府の解決策は「代償植林」だが、これは天然の原生林の喪失に対する代替策としてはあまり効果的とは言えない。
不可解なことに、計画されている植林地は数千キロも離れたハリヤーナー州で、生態系も明らかに異なる地域である。
しかも、この植林予定地の4分の1がハリヤーナー州政府によって鉱業用地として競売にかけられるという、茶番劇とも言える悲劇も起きている。
いずれにせよ、代償植林は罪悪感を和らげるのに役立つかもしれないが、多種多様な生物が生息する豊かな自然林の破壊に取って代わるものではない。

港湾計画地も議論を呼んでおり、その一部は「沿岸規制区域(Coastal Regulation Zone、CRZ)1A」に該当する。
CRZ 1A区域では、ウミガメの産卵地やサンゴ礁が存在するため、港湾建設は禁止されている。

国家環境裁判所(National Green Tribunal)の命令を含む、この事実を裏付ける豊富な証拠があるにもかかわらず、政府は高権限委員会(high-powered committee、HPC)を通じてこの事実を巧妙に操作しようとしてきた。
このHPCの報告書と、港湾用地をCRZ 1Aから再分類するためにHPCが実施した現地調査は、公表されていない。

野生生物の観点からも、このプロジェクトは深刻な懸念を引き起こしている。
霊長類学者たちは、このプロジェクトがニコバルオナガザル(Nicobar long-tailed macaque)に与える影響について深刻な懸念を表明する書簡を政府に提出したが、無視された。
プロジェクトの生物多様性評価は、重大な方法論的欠陥を理由に疑問視されている。
ウミガメの営巣地の評価は、営巣期外に実施された。
ジュゴンへの影響を評価するためにドローンが使用されたが、ドローンの性能上の限界により浅瀬しか評価できていない。
こうした極めて異常な、いわば強制に近い状況下で、研究所が評価を実施させられたという証拠が浮上している。

最後に、このプロジェクト(港湾を含む)は、地震の影響を受けやすい地震多発地帯に建設される予定である。
2004年12月のインド洋大津波により、約4.5メートルの地盤沈下が発生した。
2025年7月にもアンダマン・ニコバル諸島近海でマグニチュード6.2の地震が発生しており、常に存在する脅威を改めて思い起こさせる。
大規模プロジェクトをこの地に建設することは、投資、インフラ、住民、そして生態系を危険にさらすことになり得る。

ションペン族とニコバル族の生存そのものが危機に瀕している今、集団的良心として沈黙することは到底できない。
未来の世代への責任を果たすためにも、この極めてユニークな生態系を大規模に破壊する計画を許すことはできない。
この司法の茶番劇と国民的価値観への裏切りに、声を上げなければならない。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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