ある日本人が見た「変わりゆくインド」

 

Posted on 24 Oct 2025 21:00 in ASKSiddhiのひとりごと by Yoko Deshmukh

いろいろなことがあるけれど、この国にいてよかったな。



近年はSNS上で、インドに住む同胞たちの投稿を否応なしに目にする機会が増えた。
その中には「インドがいつまでたっても発展途上国なのは、インド人のこんなメンタリティのせいだ」と「バッサリ」断罪するものも少なくない。
もちろん、うまくいかないこと、役所仕事を筆頭に効率的でないことの蔓延するこの国で、その方の言いたいことも、痛いほど分かる瞬間がある。
けれども同時に、そうした一面でしかインドを見られない境遇にいて、きっと今後もそれ以上のかかわりを持たないまま終わっていくのだろうな(そしてそのことに、本人は一抹の後悔もないのだろうな)と、少し胸が痛む。
現在のインドしか知らないために、日本(や、いわゆる先進国、東南アジアなどの新興国)とひたすら比較し、劣っている部分をこれでもかと数えながらこの国で過ごし、Like Mindedな人々との間で共通認識を育むことで、連帯意識も醸成され、気持ちは慰められるのだろう。

成人後の2001年からいままで、インドの発展とともに生きてきたわたしは、そのころに生まれた20代前半のインド人よりも、むしろダイナミックな体験をしているだろう。
なにせ、すでにいろいろな物事が頭打ちになり、成長の余地が見えなくなった国から、混沌の中、新たな時代へと移り変わりつつある躍動の国に来て、その変化を驚嘆とともに、この目で見てきたのだから。
あのころの不便さも、今思えば、この国が歩んできた時間の重みを知るための大切な記憶だ。

移住当時のインド、もといわたしの暮らすプネーといえば、ちょっとおしゃれなカフェは「Cafe Coffee Day」ぐらいで、しかもタプーリー(路上の茶店)のチャーイの10倍以上するので、無職だったわたしには手の届かない存在であった。
ショッピングモールらしきものは存在しなかったし、スーパーマーケットも品揃えはキラナ(個人商店)に毛が生えた程度。
パブといえば、薄暗く怪しげな雰囲気の中で男たちの目だけがギラッと光る「Permit Room」ぐらいしかなかった。
外資系チェーンは、いずれもJangli Maharaj Roadの一等地に、米系のマクドナルドとピザハットしかなかった。
日本食とまでは言わないが、パスタやチーズ、おいしいパンやお菓子など、わたしの好物はどれも入手が困難だった。
きれいな公衆トイレなど皆無で、そんな当時はわたしだって「インド人女性はトイレに清潔を求めていないのか」と、無知ゆえにレッテルを貼ってしまっていた。

当然スマートフォンすらなく、自らの意見の表明は「ASKSiddhi」などのブログか、ノキアまたはソニー・エリクソンの携帯で同僚や友人とSMSを送受信する時代である(あくまでわたしの場合)。
飛行機代も高かったから(インド初のLCC、「エア・デッカン」の就航が2005年ぐらい)、旅行となると鉄道またはバスでの移動しかなかった。

今のように、ちょっと気分転換にスタバ(近年はカナダの「Tim Hortons」が急進しており、なんなら筆者はこちらのほうが好み)、なんちゃってとはいえレベルの高い和食や本格的な中華、イタリアン、そして「世界最高峰(筆者独断)」のクロワッサン屋やベーカリーから選び放題となったプネーは、わたしにとってはパラダイスだ。
あのころの不便を知っているからこそ、今の豊かさが身にしみる。

同時にインドは、複雑な社会システムと厳然とした格差、無数の言語を抱える。
東西南北に広がる巨大な国土の大部分は熱帯で、高温はわたしを含む人々の行動力や思考力を奪う。
インドを知るということは、どんなに詳しいと豪語する人でも、一生かかっても達成できるわけがない。
それでも、わたしはこの国の不完全さを承知で暮らしている。

わたしにとってインドとは、何も聞かずに支えてくれる家族、いつも遠くや近くで案じてくれる友だちの存在抜きには語れないものである。
大切な人たちとの関係があるからこそ、痛快な「バズる」一言でこの国をラベル付けするなど、とてもできない。
ときに見過ごしてしまう優しさや、目に見えない努力が、この国の日常にはたしかに息づいている。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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