チェンナイ博物館の旅: 生け贄台と踊る神々

 

Posted on 12 Jul 2025 21:00 in トラベルASKSiddhi by Yoko Deshmukh

タミル・ナードゥ州のプライドをかけた展示の数々を見た気がします。



前後して、チェンナイで訪れた博物館「Government Museum Chennai」について言及しておきたい。



 

Chennai Museum _ Government Museum

Government Museum, Chennai - Wikipedia
 

インド・サラセン様式のモデルみたいな本館。


この博物館は1851年、エグモア(Egmore)地区に設立された。
南アジア最古の博物館の1つとされ、建築様式としてはインド・サラセニック様式の美しい赤レンガ建築が特徴的である。
かつてマドラス政庁の一部だったこの施設は、現在では考古学、動植物学、人類学、地質学、美術など多分野にまたがる展示を誇る、複合型の文化施設となっている。

広大な敷地(約16エーカー)には、合計6棟の展示館(Main Building、Children’s Museum、Bronze Gallery、Contemporary Art Gallery、Natural History Galleryなど)が点在しており、それぞれ収蔵品に応じた大まかなカテゴリー分けがなされている。
いずれの建物も冷房が効いていないために大変暑く、ハンディファンを持参していた自分を褒めたい。
とはいえ、暑さを忘れるほど多岐にわたる展示品があり、訪問者を飽きさせない密度を保っている。

個人的に衝撃を受けたのは、Main Buildinに展示されていた、オリッサ州Khond族がかつて用いていたとされる「生け贄台」である。
切り出した大木を4の字型に組んだこの木製台は、「Meriah Puja」と呼ばれる人間の生け贄の儀式で用いられた実物である。

インド「News18」の記事(Meriah: A sacrificial altar, now a museum relic)によれば、この儀式はKhond族の伝統であり、大地の女神(「Tari Pennu」または「Bera Pennu」)の怒りを鎮め、ターメリック(ウコン)の豊作を祈願するために行われた。
生け贄の犠牲者は薬物やトディー(発酵酒)で意識を鈍らされ、泣き声をあげぬようにしてから磔台に縛り付けられる。
数人がかりで台を回転させながら殴打し、最後にナイフで刺して血を流し、その血を土地に捧げる。
犠牲者は成人男性が中心だったが、他部族の子どもを「購入」して捧げた例もあるという。
儀式は19世紀末のイギリス植民地統治期に非合法化され、現在ではこの磔台は人類学的資料として展示されている。

また、ブロンズ館(Bronze Gallery)だけは冷房が完備されており、つかの間の涼をとりつつ、10世紀から13世紀のチョーラ朝期の南インド仏像やヒンドゥー神像(ナタラージャ、パールヴァティーなど)を鑑賞することができる。
どれもが均整のとれた体躯と艶やかな造形で、手仕事の精緻さと精神性の深さに感銘を受けたと同時に、ひそかに現代を吹き荒れるルッキズムの元祖を見る思いで、しげしげと観察していた。

外国人料金は250ルピー。
ただし切符売り場でOCIカード(海外市民証)を提示したところ、何の異論もなくインド人料金の50ルピーで入場できた。
PANカードでも通用する可能性がある。
なお、写真撮影や動画撮影については別料金が課せられる旨の案内があったため、スマートフォンはカバンの奥底にしまい込んでいたが、実際には館内の随所に「音声ツアー」用のQRコードが掲げられていたことから、撮影についてはそこまで厳密に取り締まっていない様子だった。

切符売り場でたまたま出会った若い外国人女性に声をかけられ、しばし一緒に展示を回った。
彼女はカザフスタンのアスターナ出身で、医学生である姉がチェンナイの病院で2週間の研修を受けるのに付き添ってこの街を訪れたという。
本人は「金融系」の仕事に従事しているとのことで、「チェンナイは思っていたより暑くなく、インドの他都市よりもずっと清潔。人びとも温厚で、知的に感じられる」との感想を述べていた。
これにはわたしも深く共感した。

本館(Main Building)の脇には、12世紀から16世紀ごろに製作されたとされる石像群が、無造作に屋外に並べられており、雨ざらしの状態で展示されていた。
その周辺は巨大なリスたちの遊び場になっており、これはこれで「発掘されたばかりの姿」や「本来の屋外安置のあり方」を想像させる空間であった。
屋外展示に対するネガティブな印象を、むしろポジティブに転化してみたくなる雰囲気だった。

最後に、もっとも期待していなかったところに輝きを見いだしたことを付記しておきたい。
3時間以上、水を一滴も飲まずにじっくりと展示物と向き合ったわたしは、「Canteen」の看板に導かれるようにして売店へ向かった。

このカフェテリアがまさに穴場中の穴場だった。
広々とした食堂スペースはゴミひとつ落ちておらず、ドーサやイドリーなどの「ティファン」メニューのほか、午後3時前というランチタイムを過ぎた時間にもかかわらず、フライドライスやヌードルなどを注文する地元客でほぼ満席状態。
にもかかわらず、店内は驚くほど静かで落ち着いており、喧騒とは無縁の快適空間だった。

ここで1本の「Goli Soda」(炭酸飲料)のライチ味をグビッと飲み干し、再び英気を養って、次なる展示館「Coin Museum(金貨・貨幣館)」へと足を運んだのである。
 

最高にクールな空間だった。


補足: Government Museum Chennaiは金曜日が定休日、開館時間は午前9時30分〜午後5時。
QR音声ガイドは観光客向けに整備されており、英語対応あり。
 






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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