空虚と希望の境界線で: インドの姪とタイで過ごした日々

 

Posted on 18 Jun 2025 21:00 in ASKSiddhiのひとりごと by Yoko Deshmukh

あれからわたし自身もだいぶ大人になったかな。



タイから一時帰国中の日本に、再び戻ってきた。

今回のタイ渡航には、ある特別な理由があった。
シッダールタの姪が、チェンマイにある、シッダールタの友人であるフランス人男性が経営する会社で、インターンとして働くことになったのだ。

マハーラーシュトラ州辺境の街、アコラ(Akola)で生まれ育ち、地元の男性と結婚したシッダールタの妹には、すでに成人した娘が2人いる。
うち長女は5年ほど前の大学生時代に、当時展開されていた経産省とパソナによる発展途上国の若者を対象としたインターンシップ・プログラムに参加したご縁で、大阪にあるフットウェアメーカーにお世話になった。
もともと採用予定はなかったにもかかわらず、コロナ禍を乗り越えるなかで、経営陣の温かな人情に支えられ、正社員として迎え入れてもらった。
そうして日本に渡航して間もなく、マッチングアプリで知り合った日本人男性と結婚、現在は大阪府で暮らしている。
その後、どうやらお世話になった同社を退職したらしいという話を彼女の母であるシッダールタの妹から聞いた以外、彼女からの連絡はすっかり途絶えてしまった。
あんなに近くにいた存在が、ふいに遠くなってしまう──その現実が、心に波紋を残すことになった。

今回、チェンマイでインターンという形ながらも、実質的には正社員として迎えられることになったのは、妹の次女のほうだった。
以前、「ASKSiddhi」でも正直に告白したことがあるが、長女の件では、わたしのこれまでの浅い人生の中で初めて、「善意」がときに裏切られ、むしろ負の意味に解釈されるという、痛烈な経験を味わった。
だからこそ、次女に対しては慎重に、静かに距離を保ちつつ、それでもできる限りの真心で支えようと心に決めていた。
傷つくのが怖いのではない。
ただ、あのとき感じた空虚感を、もう二度と味わいたくなかったのだ。

そんな彼女が初めて足を踏み出す海外の地が、わたしたちにとっても愛してやまない国、タイだったというのは、まるで運命のように思えた。
だからこそ、彼女からのたっての願いもあり、3人で一緒に過ごす時間が、新たな人生の門出を少しでも穏やかなものにできるようにと、現地での合流を決めたのだった。

彼女がプネー発、バンコク・スワンナプーム空港行きの「Air India Express」に乗るタイミングに合わせ、シッダールタとわたしは、前日までに大阪・関西空港から「AirAsia X」でバンコク・ドンムアン空港へ向かい、少し良いホテル(五つ星クラス)を予約しておいて、観光客の雑踏でごったがえす賑やかな空港で彼女を出迎えた。
そのホテルには広々としたバスタブがあり、彼女は「人生で初めてお風呂にゆったりとつかる」という体験を、戸惑うことなく、どこで覚えたのかタブレット端末を浴室に持ち込みつつ、むしろ楽しげに満喫していた。
その笑顔を見て、世界が広がる瞬間に立ち会えることの尊さを、ひそかにかみしめた。

けれど、大都会バンコクでの数日間、彼女は初めての国際線搭乗によるものと思われる体調不良に悩まされ、観光どころではなかった。
だからこそ、MBKやCentral Worldなどの巨大ショッピングモールをゆっくり歩いたり、アラブ・ストリートのマッサージ屋さんで肩の力を抜いたり──ただただ、心と身体をほぐす時間に専念した。
それでも、不思議と彼女の目はキラキラと輝いていた。
新しい世界の空気を、少しずつ吸い込んでいるようだった。

タイ到着から3日後、3人で国内線に乗り、チェンマイへと向かった。
雨季の中休みかじとじとと暑い南国の太陽光が降り注ぐ空港では、次女の雇用主となるシッダールタの友人・Yさんがクルマを走らせ、笑顔で迎えに来てくれていた。
この街には、Yさんとその元妻Nさん、そして彼らのご縁で紹介いただいて以来、10年にわたり親しくしている日本人の友人・Nさんも住んでいる。
彼らとの再会は、胸がじんわりと温まるような、懐かしい時間だった。

宿泊先として予約していたAirbnbは、1泊3名で6,000円強という破格ながら、とてもデラックスな一軒家で、Wi-Fiも高速。
仕事もはかどり、心身ともに快適だった。

一方、次女とシッダールタは、週末にもかかわらず、毎日迎えに来てくださるYさんの車で、住まい探しに奔走していた。
YさんとNさんの尽力のおかげで、次女はオフィス近くに、小さいながらも清潔で心地よさそうな住まいをタイムリーに見つけることができた。
その姿を見て、わたしたちもようやく心から安心し、チェンマイを後にすることができた。

それ以前には、彼女のタイでの就労ビザ取得のために、シッダールタが文字通り「身をやつして」動いていた。
長女のときもそうだったが、ただでさえ多忙な中にあって疲れを見せることなく、伯父として全力で支え続けるその姿を見て、胸が締めつけられるようだった。
次女もまた、長女と同じように、人々の善意や厚意を「当たり前」のものとして受け取る傾向が、ないとは言えないためだ。
しかし、なるべくそのことは考えないようにし、たとえそうであっても、少なくともわたし自身が心から楽しみ、喜びを感じる体験をすることで、3人で過ごしたひとときを最高の思い出にできるよう努めた。
だからこそ、少しだけ気持ちが救われたように思う。

それにしても、生まれ育った国を離れ、まったく未知の土地に飛び込むというその瞬間。
自分がインドに来たときのことを思い出すと、怖くて、寂しくて、不安で、心が押しつぶされそうだった。
けれど、長女も次女も──支えてくれる人々がいるからでもあるが──まるで風に背を押されるように、あっけらかんと、そして一瞬も振り返ることなく、新しい土地を歩き出していく。
そんな姿を見ていると、インドという大地が、どれほどの力で若者たちを外へと押し出しているのかを、あらためて思い知らされる。
その背中に、心からの幸あれと、静かに祈らずにはいられない。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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