3週間で760万人――ムンバイーが待ち望んだメトロ
Posted on 12 Jul 2026 21:00 in アーカイブ特集 by Yoko Deshmukh
写真は、すっかり日常の足となったプネー・メトロの「Kalyani Nagar」駅です。
2014年6月8日、ムンバイーで初めてのメトロ路線が開業した。
本日、2014年の記事を読み返しながら、ムンバイ市民がどれほどこの日を待ち望んでいたのかを、あらためて感じている。
ムンバイ・メトロ、開業から3週間で760万人が利用 2014.7.4(金) NDTV
記事によると、開業から3週間で推定760万人が利用したという。
開業初日の利用者数は24万人に達しており、開業第1週だけでも215万人以上が利用したことが記録されていることから、当時の熱狂ぶりを示す数字としては十分に理解できる。
わたしもこの数字は、当時かなり驚きをもって受け止めたことを記憶している。
ムンバイー・メトロの歴史は2000年代初頭に始まる。
慢性的な道路渋滞と、世界でも有数の混雑路線として知られるムンバイー近郊鉄道(Mumbai Local)の負担を軽減するため、ムンバイー都市圏開発庁(MMRDA)は2004年、9路線・総延長146.5kmからなるメトロ・マスタープランを承認した。
最初に建設されたのが、西部郊外のヴェルソヴァ(Versova)と中央線の主要駅ガートコパル(Ghatkopar)を結ぶ、ヴェルソヴァ・アンデーリー・ガートコパル線である。
全長11.4km、全線高架、12駅からなるこの路線は、ムンバイー西部と東部を結ぶ初めての大量輸送機関となった。
2006年6月にはマンモーハン・スィン首相(当時)が起工式に出席し、2008年2月に建設工事が始まった。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。
用地取得問題、環境認可、訴訟などにより計画は何度も遅れ、当初予定より大幅に遅れて2014年6月8日、ようやく開業にこぎ着けた。
その後しばらくの間、ムンバイー・メトロといえば、この1路線のみの時代が続いた。
転機となったのは2022年である。
2A号線および7号線が開業したことで、以後、路線網の拡張が急速に進んだ。
さらに地下路線である3号線の整備も進み、2026年4月時点で営業距離は100kmを超えている。
将来的には337km規模のネットワーク構築を目指す構想が示されている一方、より長期的には500kmを超える路線網構想も存在している。
ムンバイーは1853年4月16日、ボリバンダル(現在のチャトラパティ・シヴァージー・マハーラージ・ターミナス〈CSMT〉)とターネーを結ぶ、インド初の旅客鉄道が走った街でもある。
14両編成の列車に約400人の乗客を乗せて走ったその日から161年後、今度は地下鉄という新たな都市交通の時代が始まった。
開業から12年を経た現在、その熱狂は決して一時的なものではなかったことが分かる。
当時、プネーに住んでいた人間にとって、ムンバイー・メトロの開業は、隣町のことでありながら、どこか遠い世界の出来事のようにも感じられた。
実際、2014年当時のプネーでは、メトロ計画は存在していたものの、工事はまだ始まっておらず、多くの市民にとって「いつかできるもの」という程度の認識だった。
一方のムンバイーでは、160年以上にわたりインドの鉄道史を牽引してきた都市が、新たな大量輸送機関を手に入れようとしていた。
あれから12年。
今ではプネーでもメトロが走り、街の風景は少しずつ変わり始めている。
2014年の記事を読み返すと、あの頃の「遠い未来」が、いつの間にか現在になっていたことに気づかされる。

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Yoko Deshmukh
(日本語 | English)
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.
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