翻訳はサービスか創造か: 世界文学をめぐる論争

 

Posted on 21 Apr 2026 21:00 in インドあれこれ by Yoko Deshmukh

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「The Hindu」に寄稿されていた、「世界本の日・著作権デー(World Book and Copyright Day)」にちなむコラムを読んで、仕事のことで悩んできたわたしは、胸が熱くなった。
以下に内容を抄訳したい。

World Book and Copyright Day | How translation keeps literature alive across languages

「言語の写像理論」※によれば、絵は言葉と現実世界を結びつけるものだ。
それは幼少期に始まる。
たとえば、幼児に牛を指さして「見てごらん、牛だよ。『牛』って言ってごらん」と言うと、その後、子どもが牛を指さして「木」と言うことはまずない。
なぜか。
それは、養育者が対象物と単語の組み合わせをしっかりと刷り込んでいるからである。

この理論はさらに発展し、人々のあらゆる意味を持つ思考の背後には、地道な努力と想像力の飛躍によって築かれた絵の配列が存在すると述べている。
感情や情動は、言葉が心のキャンバスに描かれる前の、目に見えない「下地」のようなものである。

ある言語の文学作品を別の言語空間に移植する際には、何が起こるのか。
言語と文化の交流は翻訳によって行われる。
翻訳は間違いなく人間の脳にとって最も疲労を伴う作業のひとつであり、ラクシュミー・ホルムストロム(Lakshmi Holmstrom)※の言葉を借りれば、「continuously letting poetry win without allowing scholarship to lose(学問を犠牲にすることなく、常に詩を優先させる)」ことによって達成される。
成功とは、読者はもちろん、時には雑草や石を取り除く訓練を受けた出版社でさえも全く気づかないような、大変な苦労の末に得られるものであり、通常は綿密に練られた妥協の産物である。

翻訳は、常に物議を醸す文学形式であり続けてきた。
本来であれば、想像力、粘り強さ、忍耐力、そして交渉術を要する極めて創造的な営みであるにもかかわらず、疑いの目で見られ、一種の「サービス」産業として扱われてきたのだ。
ごく最近になってようやく、それも国際的な文学賞の存在を背景として、翻訳は「オリジナル作品」に匹敵する尊厳を認められるようになった。

数か月前に国際ブッカー賞を受賞した作家バヌ・ムシュタク(Banu Mushtaq)は、翻訳者が自身の英訳作品について権利を主張することは「犯罪行為」に等しいと論じた。
すなわち、(同じく国際ブッカー賞を受賞した翻訳者である)ディーパ・バスティ(Deepa Bhasthi)の頭脳から生み出された成果物でさえ、すべては作家であるバヌ・ムシュタク自身に帰属するのだ、と主張したのだ。
これは、大きな物議を呼んでいる。

翻訳の所有権は誰にあるのか。
この問いは、少なくとも2000年にわたり議論の的となってきた。
これに関して、農業になぞらえた2つの比喩をご紹介する。
中世イングランド最大の詩人であり、詩作を始める以前は翻訳者でもあったジェフリー・チョーサー(Geoffrey Chaucer)は、翻訳とは「古びた畑を耕し直し、新たな穀物を実らせるようなものだ」と述べた。
また、翻訳者を「メタフレーザー(逐語訳者)」と呼んだジョン・ドライデン(John Dryden)は、翻訳者とは「他人のブドウ畑で汗水たらして働く労働者のような存在である」と語っている。

これら2つのたとえは、隠されたものから目に見えるものを生み出すための、非常に困難な作業を暗示している。
「ケベック文学翻訳・翻訳者宣言※(Quebec Declaration on Literary Translation and Translators、Sherry Simon訳)」の第3項には、「翻訳者は、著者と原文を尊重しつつも、それ自体が創造者である。彼らは文学作品を単に再現するだけでなく、作品を前進させ、世界におけるその存在感を広げることを目指す」とある。
第6項には、「特定の技能と知識を持つ創造的な書き手として、翻訳者は敬意をもって扱われ、その仕事に関するあらゆる問題について相談を受けるべきである。翻訳は、それを創造した者に属する」とある。

ハワード・ガードナー(Howard Gardner)は「創造者とは誰か」と問い、自ら答えた。
「人々の生活に影響を与える者」と。
さらに、時代によって変化する翻訳の選択は、文学批評の歴史の一の中で言語を研究する上で、重要な側面である。
要約すると、翻訳者は言語間の違いを糧とし、その違いをなくそうと奮闘する。
彼らが創造的でないはずがない。

詩人ラマヌジャン(A.K. Ramanujan)は、翻訳者は誓いを立てた芸術家であると述べた。
彼らは、原文と訳文の両方を裏切らないことを誓い、それらを操作し、曲げ、粉砕して、両方のエネルギーを宿す第三の言語を生み出すのだ。
ジュンパ・ラヒリ(Jhumpa Lahiri)はギリシャ神話、つまり、表現を制限され、自らの声と言葉を奪われたエコーの物語にさかのぼり、翻訳者はこの「エコー」の罰を、挑戦と喜びへと変えると述べた。
「どこにも姿は見えないが、常に声は聞こえる」とは、ギリシャの原詩におけるエコーの描写である。

ラヒリはさらに、だからこそ、芸術作品はたとえ不完全であっても決定的なものとみなされる一方で、翻訳は常に、別の時代、別の世代に訴えかける後世の翻訳に取って代わられる可能性があるのだと述べている。
そして彼女は忘れられない言葉を口にする。
「翻訳はなくてもいいものだが、同時に不可欠でもある」と。
なぜなら、翻訳は偉大な作品を支えているという、決定的な事実があるからだ。

インドのような多言語国家において、翻訳は国家のアイデンティティを構成する極めて重要な要素である。
森や川、歴史的建造物を保全・発展させていく必要があるのと同様、国内の芸術、音楽、文学を――そして言うまでもなく、様々な地域言語で綴られた文学をも――保全し、再発掘していく必要がある。
それらを、インドにゆかりのある誰もが共有する歴史から恩恵を受けられるような「場」へと導き出すことこそが、今求められているのだ。

インドの翻訳コミュニティは、研究者、司書、翻訳者、辞書編纂者、文学教師、編集者、営業担当者、そして書店員たちからなり、誰もが文明の営みにおいて計り知れないほど重大な役割を担っている。
そしてもちろん、名もなきままに翻訳作品を保全してくれる読者の存在も、決して忘れてはならない。

「世界本の日・著作権デー(World Book and Copyright Day)」※という記念日は、文化と文化をつなぐ架け橋、すなわち「翻訳者」たちの尽力なくしては、決して実現し得なかったことであろう。

ミニ・クリシュナン(Mini Krishnan)※:
筆者は現在、タミル・ナードゥ州教科書・教育サービス公社(Tamil Nadu Textbook and Educational Services Corporation)にて、翻訳プロジェクトのコーディネーターを務めている。

※言語の写像理論: 言葉と現実世界の対象とがどのように対応づけられるかを説明する理論で、心の中に形成されるイメージ(表象)と語彙の結びつきに注目する。特に幼児の言語習得過程を説明する枠組みとして用いられることが多い。
※ラクシュミー・ホルムストロム(Lakshmi Holmstrom): 主にタミル文学を英語に紹介したことで知られる翻訳者・編集者。インド地域文学の国際的評価を高めるうえで重要な役割を果たした。
※ケベック文学翻訳・翻訳者宣言: 文学翻訳者の創造性や著作権、社会的地位を明確にすることを目的とした宣言文。翻訳を単なる再現ではなく創造行為として位置づける点に特徴がある。
※ミニ・クリシュナン(Mini Krishnan): インドにおける翻訳出版の推進者の一人で、特に地域言語文学を英語圏に紹介する編集・企画で知られる。公共機関や出版社と連携し、多言語文学の流通に貢献している。
※世界本の日・著作権デー(World Book and Copyright Day): 毎年4月23日に制定されている。この日は、ユネスコによって定められたものであり、ウィリアム・シェイクスピアやミゲル・デ・セルバンテスといった世界的文学者の命日にちなむ。読書の普及、出版文化の振興、著作権保護の重要性を広く伝えるために制定された国際的な記念日となっている。
 

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About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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