「The Hindu」に、インドにおけるヘビ毒処置の最新事情について興味深い記事が掲載されていたので、抄訳したい。
Twenty-first century solutions to snake bites
インドと言えば「ヘビ使いの国」というステレオタイプなイメージは過去のものとなり、現代ではヘビ咬傷専門の救助隊も存在する。
一方、農村部では依然として水田労働者だけでなく、乾燥地帯の自給自足農家を中心に、毎年平均して約5万8,000人がヘビ咬傷を原因として死亡している。
ヘビ毒は一般に、①血液凝固異常などの血液系障害、②筋麻痺、③神経や組織の壊死という、主に3種類の病態を引き起こす。
インドの「4大毒ヘビ」、すなわちインドコブラ(spectacled cobra)、インドアマガサヘビ(common krait)、ラッセルクサリヘビ(Russell’s viper)、ノコギリヘビ(saw-scaled viper)の毒に対しては、標準的な抗毒素血清が開発されている。
その原料となる毒の多くは、タミル・ナードゥ州の水田や低木地帯で捕獲されたヘビから採取されており、捕獲作業は「Irula Snake Catcher’s Industrial Co-operative Society」に属する部族民によって担われている。
製造工程ではまず、4種のヘビ毒を混合したカクテルを、馬に非致死量で注射する。反復免疫によって馬は高度な免疫応答を獲得し、免疫系が大量の抗体を産生する。
その後、採血によって得られた血液から抗体を含む血漿を分離・精製し、毒素に結合する抗体断片を抽出する。検査工程を経たのち、凍結乾燥され、バイアルに充填された抗毒素血清として配布される。
この方法は1950年代から実践されてきたが、いくつかの限界がある。
インドには60種以上の毒ヘビが生息しており、同一種であっても地理的に異なる地域に生息する個体では、毒の成分組成が異なることが知られている。
そのため、「4大毒ヘビ」を対象とした抗毒素血清は、多くの症例で十分な効果を示さない場合があり、地域特異的な治療法、あるいはより普遍的に有効な治療法の開発を目指した研究が進められている。
デンマークの研究機関が中心となって国際的に実施された最近の研究(Nature 647, 716, 2025)では、こうしたヘビ咬傷に対する新たな治療戦略の可能性が示された。
この研究では、サハラ以南のアフリカに生息するヘビに焦点を当て、特に医学的に重要とされる18種(コブラ類やマンバ類を含む)から採取した毒を、アルパカおよびラマに注射した。
ラクダ科動物が選ばれた理由は、ナノボディと呼ばれる小型で安定性の高い抗体断片を産生する、特異な免疫系を有しているためである。これにより、注入された毒素に対して強力な免疫反応が誘導され、高効率な中和抗体の供給源となる。
次の段階では、抗体を産生するB細胞を血液から分離し、ナノボディをコードするDNAを遺伝子工学的手法によってバクテリオファージ(bacteriophage)のゲノムに組み込む。
作製されたウイルス粒子は表面にナノボディを発現し、その中からヘビ毒に最も強く結合するナノボディが選抜される。
この方法により、ナノボディは馬ではなくバクテリアを用いて、低コストで大量生産できるようになった。
マウスを用いた実験では、対象とした18種のヘビ毒のうち17種に対して、強い抗毒素活性が確認された。
インドのヘビに関しては、ラジャスターン州ビーカーネール(Bikaner)にある国立ラクダ研究センター(National Research Centre on Camel)の研究者らが、ラクダ由来の抗毒素が、この地域に生息するソチュレクノコギリヘビ(Sochurek’s saw-scaled viper)の毒作用を中和できることを示している(Toxicon 134, 1, 2017)。
この研究を、他の医学的に重要なヘビ種へと拡張できれば、世界保健機関(WHO)が「顧みられない熱帯病(NTD)」に分類しているヘビ咬傷への対策強化につながると期待されている。