英印FTA合意の詳細と今後の展望

 

Posted on 11 May 2025 21:00 in インドの政治 by Yoko Deshmukh

テロ攻撃の惨劇からの戦争への大きな懸念を抱えていた一方で締結されたFTA合意について、自らの学習がてらアップします。



約3年半に及ぶ交渉の末、インドと英国は6日、自由貿易協定(FTA)の締結に合意した。
この交渉が持つ意味について、「The Hindu」が解説記事を公開していたので、以下に抄訳する。

What is the significance of the India-U.K. free trade agreement?

ピユーシュ・ゴヤル(Piyush Goyal)商務大臣は、この貿易協定は「2大経済大国間の公平かつ野心的な貿易」の新たな基準となると述べた。
また、ゴヤル商務大臣は、この協定が両国における貿易、投資、成長、イノベーションを促進し、雇用を創出する潜在的な触媒となると強調した。
両国の首相は、近日中にインドで会談し、協定を正式に批准する予定である。

今回の発表は、トランプ米大統領による関税発動を受け、貿易環境が不透明感に包まれている中で行われた。
このような背景から、インドが英国との貿易収支で黒字を維持していることは特筆すべき点であり、輸出業者にとって大きな魅力となっている。
インドは2024年時点で英国の第11位の貿易相手国であり、英国の総貿易額の2.4%を占めていた。
英国政府は、この新たな貿易協定により、2国間貿易額が340億5,000万ドル増加すると見積もっている。

この貿易協定は、英国の労働党政権にとっても大きな意義を持つ。
EU離脱後に英政府が批准した屈指の貿易協定となる。

参考までに、両国が当時の貿易関係を強化する協定を最初に結んだのは2021年5月である。
モディ首相と当時の英ジョンソン首相は、2030年までに両国間の貿易を倍増させることを約束していた。
その後、2023年12月までに13回の交渉が行われたが、英国内の党内混乱と、それに続く与党保守党の不安定化によって損なわれた。

同年9月にジョンソン首相が辞任し、続いてリズ・トラス首相も6週間政権を率いた後に辞任した。
その後、リシ・スナク議員が残りの任期を務め、2024年7月に労働党に政権を奪われるまで、英国は交渉を一時停止していた。

モディ首相がG20サミットの傍らで労働党のキア・スターマー首相と会談した後、ようやく事態は軌道に戻った。
その後、今年2月には「激しい」交渉が行われ、今月6日に最終承認された。

この合意について詳細はまだ公表されていないものの、英政府の発表によると、インドは製品の90%の関税を大幅に削減し、全体の85%が10年以内に「完全無関税」となる見込みである。
英は2022年のデータに基づき、合意発効によりインドは5億3,400万ドル以上の関税を削減できると推定している。

一方、インド政府は輸入品の99%の関税が撤廃されることで恩恵を受けると見込んでいる。
繊維、皮革、履物、自動車部品、エンジニアリング、宝石・宝飾品といった分野での輸出機会の増加が期待されている。

英政府が自動車関税に加え、ウイスキーとジンへの関税優遇措置についても特に言及したことは注目に値する。
いずれも、米大統領の関税政策の下では厳しい状況に置かれていた。
このFTAにより、インドに輸入されるアルコール飲料の関税は、協定発効後10年以内に150%から75%に半減し、その後40%に引き下げられる。
さらに、自動車の関税も100%以上から10%に引き下げられる。
いずれの関税にも一定の割当枠、つまり関税率の恩恵を受けられる個数に上限が設けられる。

もう1つの注目すべき動きは、サービス分野に関するものである。
インドは、2国間拠出協定に基づき、英国に一時的に滞在するインド人労働者とその雇用主に対し、3年間の社会保障拠出金の免除を確保した。
これにより、IT/ITeS、金融サービス、専門サービス、その他のビジネス・教育サービスといったフォーマルセクターおよびインフォーマルセクターの専門家やビジネス訪問者の移動が容易になると期待されている。

しかし、移民問題は交渉中、英国政府にとって最も厳しい懸念事項の1つであった。
合意発表後も、保守党議員のアンドリュー・グリフィス氏は、「移民の急増と、英国ではなくインドからの雇用を選択するインド企業の優遇」について懸念を表明した。

産業界からの反応として、まず「アパレル輸出促進協議会(Apparel Exports Promotion Council、AEPC)」のミティレシュワル・タクール(Mithileshwar Thakur)事務局長は「The Hindu」紙に対し、輸出は「飛躍的に増加する」と見込んでいる。
タクール氏は、「この分野におけるインドの2大競合国はバングラデシュとベトナムであり、いずれも英国市場への無税アクセスを享受している。一方、(関税を課されてきた)インドはアパレル分野における英国への第4位の供給国であったため、関税撤廃はインドの輸出業者にとって大きな朗報となるだろう。英国からの輸入もほとんどないため、国内での競争への懸念はない」と述べている。

「宝石・宝飾品輸出促進協議会(Gems and Jewellery Exports Promotion Council、GJEPC)」のキリット・バンサリ(Kirit Bhansali)会長はソーシャルメディアへの投稿で、同分野も今後2年以内に25億ドルの貿易額増加を予測し、2国間貿易は最終的に70億ドルに達すると予想した。

参考までに、インド商務省の「TradeStat」データベースを見ると、医薬品、ニット製品・非ニット製品、電気機械・機器がイギリス向けの主要輸出品目となっている。

小規模製造業では大きな反響を呼んでいる。
インド全土の農家で構成される「Samyukta Kisan Morcha(SKM)」は、過去の貿易協定と同様、今回の協定によって国外からの金融資本によってインドの農業および製造業が食い物にされ、今ある危機を深刻化させる可能性があると懸念している。

デリーのJNUの持続可能な研究に関する学際的研究クラスター(Transdisciplinary Research Cluster on Sustainable Studies、TRCSS)の非常勤講師であるディネシュ・アブロル(Dinesh Abrol)氏は、「The Hindu」紙に対し、競争力が損なわれないよう、貿易と投資は適切な産業政策と組み合わせる必要があると語った。
「過去には(世界的に)多国間主義を前提とするWTOの枠組みにもかかわらず、不適切な産業政策によって輸入依存度が高まった事例があった」と述べた。

これとは別に、「Grant Thornton Bharat」のパートナー兼英国回廊リーダーであるパラヴィ・バクル(Pallavi Bakhru)氏は、農業セクターと中小零細企業は大企業のようにFTAを活用して資本を調達し、規模を拡大し、競争することは容易ではないと指摘する一方、「このパラダイムが企業にとって競争力を高めるための『牽引力』となる可能性がある」と主張した。
政府は中小零細企業を保護する政策を打ち出す可能性もあると付け加えた。

アーンスト・アンド・ヤング(EY、インド)の貿易政策リーダー、アグネシュワール・セン(Agneshwar Sen)氏はさらに、FTAは本質的に相互に利益をもたらす環境を作り出すと述べた。
「英国のような国が持つ技術ノウハウと、インドの熟練した人材という強みが相乗効果を生み、それが経済全体に波及し、国際的に競争力のある企業が生まれるだろう。技術の注入は投資にもつながる」と説明した。

潜在的な懸念事項は、炭素国境調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism、CBAM)と投資家対国家紛争解決(Investor-State Dispute Settlement、ISDS)の欠如という2つの側面から生じている。
英国政府のデータによると、インドは英国から外国直接投資(FDI)として約233億ドルを受け取っており、英国は2023年にその還元として約175億ドルを受け取った。
この傾向は今後さらに強まると予想されるため、投資家保護のための専用フォーラムやISDSが設立される可能性は低いとされる。

CBAMについては、温室効果ガスを排出する物品の輸入に「炭素価格」を課すことになる。
現行のFTAには、この潜在的な脅威に対抗する規定がないため、鉄鋼やアルミニウムといったインド製品には関税が課される一方で、同じ脅威にさらされている英国製品は関税が課されずにインドに輸入されるという不均衡な状況が生じている。

なおゴヤル大臣は同日、欧州が炭素価格メカニズムを導入した場合、インドも同様の課税で報復すると警告しており、潜在的な不確実性を生み出す要因となっている。

最後に、英国政府は、FTAによって公共調達、つまり政府または国有企業によるサービスや物品の購入における競争の機会が英国に与えられることを強調した。
前述のJNUによる報告書は、北海全域の供給業者が「これらの契約の多くに、より良い条件で、また入札を裏付ける関連情報へのより広範なアクセスを得て入札できるようになる」と述べ、アブロル氏は、これが輸入依存度の増大につながる可能性があると主張している。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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