8万800円の切符、そしてディワーリー

 

Posted on 17 Oct 2025 21:00 in ASKSiddhiのひとりごと by Yoko Deshmukh

実はインドのお祭りを本気で楽しんだことはあまりなく、ほぼ強制参加で早く終わってほしいという方が正直な気持ちだったんだけど、そんなことも微笑ましく思い出すのは、そこに真心だけがあったからなんだよね。



ひさしぶりの遠出は、日本からインドへ訪ねて来てくれる母を迎えに向かったムンバイーだった。

ムンバイーでは母の疲れを考慮し、念のため空港近くのホテルで一泊してから、翌日プネーへ引き返すことにした。
ちょうどディワーリー目前ということもあり、行く先々で電飾やカラフルなデコレーションが迎えてくれる。
その光景は、二十数年前、自分が初めてインドの地を踏んだときの記憶を鮮やかによみがえらせる。

——2001年11月8日。
わたしはエア・インディアに乗り込み、成田を発った。
途中、バンコクとデリーを経由してムンバイーへ向かう。
そう、そのころの「直行便」は名ばかりで、いくつもの都市を経由しながら、乗客が入れ替わるのが当たり前だった。

この年のディワーリーは11月13日ごろ。
わたしも、ちょうどその時期に合わせて訪印を計画した。

北海道・富良野の観光地で、全国から集まった同世代の若者たちと寮に住み込み、半年間アルバイトをして貯めたなけなしの資金。
格安航空券販売業者に振り込んだ往復航空券の価格は8万800円——当時のわたしにとっては大金だった。

機内の大半を占めるのは、お香とスパイスの匂いが漂う、顔の小さいけれど体のまるいインド人たち。
バンコクで清掃に入ってくるのは、これまたエキゾチックな異国の言葉を交わすタイ人のクルーたち。
スクリーンに映し出されていたのは、美男美女が登場するボリウッド映画『Dil Chahta Hai』。
激辛の機内食に添えられていたのは、激甘のマンゴージュース「Frooti」。大柄な客室乗務員が「フーリ!フーリ!」となかば脅すような調子で配っていた。
デリー上空から見下ろした夜の街は、停電によって部分的に暗闇に沈み、まるで星空が地上にも落ちてきたようだった。
何もかもが初めてで、何もかもが強烈に心に刻まれた。

それでも、不思議と不安はなかった。
マメなメールのやり取りを重ね、人柄をよく知ることになった未来の夫・シッダールタが、ムンバイー空港で待っていてくれることを知っていたからだ。

——あれから年月が流れ、いま、母が再び同じ空を越えてインドへ向かっている。
母はこれまで7回ほど渡印しているが、そのすべてで往路はわたしと一緒だった。
今回はひとりでのフライト。
いま、機内でどんな思いを胸に、インド亜大陸の上空を飛んでいるのだろうか。

同じディワーリーでも、あのころと今ではインドの街並みも暮らしも大きく変わった。
とくに都市部では、人々の生活リズムも、装いも、別世界のようだ。

けれども、人々がディワーリーを待ち望む気持ち、新しい始まりを喜び、祝う心、それだけは変わらない。
ムンバイーの空港ターミナル越しに沈む真っ赤な夕日を見ながら、あのころと同じぬくもりを肌で感じている。






About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。

ASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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