キラナからクイックコマースへ、インド小売業35年の変化

 

Posted on 04 Sep 2026 21:00 in インドビジネス by Yoko Deshmukh

かつて街中でよく見かけていた「METRO」の看板、そういうことだったのか。



「Business Standard」紙が、インド経済自由化から35年の歩みをテーマ別に毎日、特集している。
うち、昨日は「キラナ(kirana)」*からクイックコマースへ、大きく変化した小売業の変遷について詳細にSharleen D’Souza氏による記事があり、わたしの見てきたプネーやインドの風景とも重なり、興味深く読んだ。

以下、要約である。

インドの都市にはショッピングモールが立ち並び、道路をクイックコマース企業の配達員が行き交うようになるずっと以前、そこには質素な街角の「キラナ」があった。
食料品は紙袋に入れられ、ビスケットは1袋ずつ売られ、店主は各家庭の毎月の買い物リストを把握していた。
これが自由化以前のインドの小売業の姿だった。

もちろん、スーパーマーケットという形態の組織的小売店もいくつか存在した。
マドラス(現在のチェンナイ)のSpencer’s、ボンベイ(現在のムンバイ)のSahakari Bhandar、バンガロール(現在のベンガルール)のNilgiris、デリーのSuper Bazarといった有力チェーンである。
ただし、こうした店舗が存在したのは一部の地域に限られていた。

1991年の経済自由化によって市場の門戸が開かれると、インドの消費者はより幅広い商品を選べるようになり、国内の競争も大幅に激しくなった。

「最大の転換点は、自由化によって消費者に選択肢が与えられたことだ。小売業の近代化が進んだのは1991年以降で、消費者が世界各地の商品を手に入れられるようになり、小売業者もはるかに幅広い品ぞろえを提供できるようになった」

インド小売業協会(Retailers Association of India、RAI)のCEO兼エグゼクティブ・ディレクター、Kumar Rajagopalan氏は「Business Standard」にこう語る。

しかし、組織的小売チェーンは、順番が回ってくるまで待たなければならなかった。
一部の分野では規制変更にもう少し時間がかかったためだ。

まず1997年、政府は企業間取引(B2B)のキャッシュ・アンド・キャリー方式*による卸売業への外国直接投資(FDI)を100%まで認めた。
続いて2006年には、単一ブランド小売業へのFDIを51%まで認め、2012年には複数ブランド小売業にも51%まで認める一方、単一ブランド小売業のFDI上限を100%へ引き上げた。

小売業界に直接関係しない改革も後押しとなった。
例えば、インドの通信分野における変化によって高度な通信技術が急速に普及し、それがまず活気あるEコマース市場の形成を支え、さらにパンデミック以降はクイックコマース分野の急成長を後押しした。

こうした変化が重なった結果、業界の市場規模は2024年に1兆ドルにまで拡大した。
Deloitteとインド商工会議所連合会(Federation of Indian Chambers of Commerce and Industry、FICCI)の報告書によると、2030年までには2兆ドルに達する可能性があるという。

一方、世界の小売企業にとって、インドへの参入は段階的な道のりだった。
当初はインド企業と提携しなければ市場に参入できなかった。

例えばUnited Colors of Benettonは、1992年に合弁事業を通じてインドに進出し、インドで事業基盤を築いた最初期の有力な世界的小売企業のひとつとなった。
Nike、Levi’s、Reebokなどの単一ブランド企業も間もなく後に続き、インド小売業の新たな時代の始まりを告げた。

業態面で最初の大きな変化が起きたのは1997年だった。
小売業者、ホテル、レストランなどを対象とする卸売りのキャッシュ・アンド・キャリー方式が開放された。
ドイツを拠点とするMetro AGは2003年、インド市場に進出した最初の複数ブランド小売企業となった。

Metro Cash & Carry Indiaの元マネージング・ディレクター兼CEO、Arvind Mediratta氏によると、当時、複数ブランド小売業への全面的な参入が制限されたのは、小規模小売業者を保護するためだった。
しかし、そのことがMetroのようなB2B事業者に多くの問題をもたらした。

最大の問題は、購入者が事業のためだけに商品を仕入れているのか、それとも個人的な用途でも購入しているのかを区別することだったという。
法律では、販売した商品は厳格に再販売目的でなければならないと定められていたためだ。

Metroはインドで大幅に事業を拡大したものの、最終的には2022年、285億ルピーの現金対価でReliance Retailに事業を売却した。

WalmartもMetroのモデルに続き、2007年、Bharti Enterprisesとの合弁事業によってインドに進出した。
Best Price Modern Wholesaleというブランドで卸売りのキャッシュ・アンド・キャリー方式を採用した。
その後、2008年にはEasydayブランドで小売店舗を開設した。
しかし、この合弁事業は2013年に終了し、Walmartが所有権を引き取った。

2006年までに、政府は単一ブランド小売業へのFDIを51%まで認めていた。
これによって、スウェーデンの家具大手IKEAが参入できるようになった。
同社は2007~08年にインドへの進出を試みたものの、実際に進出したのは、政府が単一ブランド小売業へのFDIを100%まで認め、インド企業のパートナーなしでも参入できるようになった2012年だった。

IKEA IndiaのCEO、Patrik Antoni氏によると、IKEAがインド進出を発表した後も、外国の単一ブランド小売企業には相当量の商品を国内で調達することが求められていた。
この要件は2012年に30%へ変更された。

2012年には、複数ブランド小売企業についても51%までのFDIが認められた。
しかし、その頃にはすでに強力な国内企業が存在していた。
さらに、ブランド各社は州によって規則が異なる複雑な市場環境に直面し、事業拡大にはそれぞれ異なる戦略が必要だった。

先述のRajagopalan氏によると、小売業へのFDIを巡っては、世界的な小売大手が市場になだれ込み、キラナを含む数百万もの小規模小売業者を廃業に追い込むのではないかという懸念があった。
「実際に起きたことは、もっと複雑だった。企業は制度に沿った参入ルートを見つけ、マーケットプレイスが登場し、小規模小売業者も踏みとどまった」と同氏は付け加える。

多くのインド企業は競争の方法を学んだものの、規模を拡大して競争力を高めるための海外からのFDI資金を獲得する機会は得られなかった。
また、いわゆる家族経営の小規模商店については、現在も大手企業の影響を受けているという。

複数ブランド小売業が参入しつつあった一方で、さらに大きな変化が形になり始めていた。
Eコマースである。

インドのEコマースの歩みは2007年のFlipkartから始まった。
これは、Amazonが米国(US)で書籍のオンライン販売から事業を始めた初期の歩みとよく似ていた。

Sachin Bansal氏とBinny Bansal氏がバンガロールのアパートからオンラインで書籍を販売するところから始まった事業は、やがて電子機器、携帯電話、ファッション、そして増え続けるさまざまなカテゴリーへと拡大し、インド人の買い物の仕方を徐々に変えていった。

Amazonは2013年にインドへ進出し、世界企業としての力を市場に持ち込み、オンライン上でショッピングカートを満たしていくインド人消費者の取り込み競争に加わった。

2018年、Walmartは160億ドルでFlipkartの株式77%を取得し、インドでの戦略を転換した。
これはWalmartにとって過去最大の買収で、インドのオンライン消費者だけでなく、MyntraとFlipkart Wholesaleへのアクセスも手に入れた。
Flipkart Wholesaleはその後、Walmartが国内で展開していた卸売事業と統合された。

Crisil Ratings*のディレクター、Poonam Upadhyay氏によると、Eコマースほど急速に規模を拡大した小売業態はない。
都市ごと、店舗ごとに拡大していく実店舗型の業態とは異なり、Eコマースは大都市圏と地方の小規模都市の消費者に同時に到達できたため、はるかに速い成長が可能になった。

インド人が書籍、電子機器、ファッション商品をオンラインで購入することに慣れると、その習慣は食料品にも広がった。
2015~16年ごろにはオンライン食料品販売が勢いを増し始め、BigBasketやGrofersなどが日常の食料品、生鮮食品、家庭用品を消費者の玄関先まで届けるようになった。

これが、次の大きな変革への舞台を整えた。

パンデミックによって人々が自宅で過ごすことを余儀なくされると、クイックコマースが登場した。
Blinkit、Zepto、Swiggy Instamartなどが数分以内の配達をうたい、利便性の常識を書き換えた。
近所の食料品店へ買い物に行くという行為は、スマートフォンを数回タップするだけのものとなり、注文した商品が数分後には玄関先に届くようになった。

IKEAを含む多くの外国ブランドは、急拡大するインドの消費市場の一角を獲得しようと、インドへの取り組みを一段と強化している。

IKEAは、インドこそ事業を展開すべき場所であり、この市場は今後50~60年間にわたって重要であり続け、インドは引き続き成長局面にあると確信している、とCEOのAntoni氏は話す。

Upadhyay氏によると、次の章を書きつつあるのがクイックコマースだ。
「その影響はすでにオンライン販売を越え、サプライチェーン、在庫管理、店舗の収益構造にまで広がっている」と同氏は話す。

クイックコマースが日常消費に占める割合をさらに拡大し、規制の枠組みとともに進化していけば、インドの小売業そのものを再形成する可能性がある。

小売市場の歩み

1997年
政府が卸売りのキャッシュ・アンド・キャリー方式へのFDIを100%まで認める。

2003年
Metro AGがインド市場に参入。

2006年
政府が単一ブランド小売業へのFDIを51%まで認める。

2007年
WalmartがBharti Enterprisesとの合弁事業でインドに参入。Flipkartがオンライン書店として事業を開始。

2012年
インドが複数ブランド小売業へのFDIを51%まで認め、単一ブランド小売業へのFDI上限を100%に引き上げる。

2013年
Amazonがインド市場に参入。

2015年
Eコマース企業が食料品宅配に参入。

2018年
Walmartが、急成長するEコマース市場を取り込むためFlipkartを買収。

2020年
クイックコマースが本格的に浸透する。

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*キラナ(kirana): インド各地にある家族経営の小規模な食料品・日用品店。住宅街などに数多く存在し、地域住民の日常的な買い物を支えてきた。

*キャッシュ・アンド・キャリー方式(cash-and-carry): 主に小売店や飲食店などの事業者を対象に、商品を卸売りし、購入者自身が商品を持ち帰る業態。インドでは外国企業による小売業への参入規制との関係から、外資系企業の市場参入手段のひとつとなった。

*Crisil Ratings: インドの信用格付け会社。企業や金融商品などの信用格付けやリサーチを手がける。
 

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About the author

Yoko Deshmukh   (日本語 | English)         
インド・プネ在住歴10年以上の英日・日英フリーランス翻訳者、デシュムク陽子(Yoko Deshmukh)が運営しています。2003年9月30日からインドのプネに住んでいます。\r\n\r\nASKSiddhi is run by Yoko Deshmukh, a native Japanese freelance English - Japanese - English translator who lives in Pune since 30th September 2003.



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