「脱皮できない蛇は滅びる」というニーチェの名言を引用し、IT産業ばかりに一極集中してキャリアを見出そうとする若い世代に警鐘を鳴らし、多様な機会を模索するよう奨励する内容の記事が、タイムズ・オブ・インディア電子版に掲載されていた。
かく言うわたしも、8年ほどインドのIT企業に在籍してきたこと、かつ夫が零細ながら過去10年にわたり、IT会社を経営していることから、インドIT産業の将来の可能性については、かねてから考えるところである。
そこで本日は、このコラム記事をベースに、これからのインドIT産業が、毎年排出され続けるエンジニア系教育を受けた若者を吸収し続けられるのか、そしてインド人の若者の未来に何が待っているのか、少しまとめてみようと思う。
この20年あまりの間、天井を知らないかのような、目覚ましい成長を遂げてきたインドIT産業は、特に多くの低所得世帯にとって、成功へのチケットだった。
家族の一員の誰かが、熾烈な競争を勝ち残ってIT会社やBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング、一般的にはコールセンターや経理代行サービスなど)会社に就職できさえすれば、生活水準の大幅な向上を期待でき、また大手IT会社は、外資系をはじめとして、毎年万単位の雇用が当たり前だった。
インド社会で現在も厳然と残る、いわゆる「カースト差別」を乗り越え、成功を手に入れることができる、ひとつの道でもあり、同時に、特技や、やりたいことが特に見つからない、中産階級の子息にとっては、手っ取り早く高収入を期待できる進路でもあっただろう。
しかし近年、IT業界でも否応なしにオートメーション化が進み、ウィプロやインフォシスといった巨大インド企業でも、新規雇用数を大幅に削減し、代わって社員あたりの生産性を向上する努力を始めているという。
生産性や業績が人並みであれば、職が危うくなる、つまり、業界に首尾よく滑り込めたとしても、その先が安泰であるとは必ずしも言えない。
言い方を変えれば、ITブームは、凡人の生活を向上させるのに一役買ったが、とどのつまりは、一部精鋭を除いては、業界には凡人があふれる皮肉な結果となっているのだ。
いわば資本主義社会では当たり前の時代が、インドIT業界にも到来したのだ。
こうした変化に対応し、なお業界で生き残るために、コラムの筆者は「創造する力」を培うことを奨励している。
つまり、業界の規模だけを見て希望的観測に甘んじるのではなく、現実を受け入れ、時代を読み、たとえばサイバーセキュリティやデータエンジニア、またモバイルアプリケーションなど、まだまだ豊富な需要が見込まれる分野において、本物の知識を探求し、身に付けることが重要なのだとしている。
これは、変化の激しい21世紀に生きるわたしたち誰にでも、当てはまることだろう。
一方で筆者は、IT以外の分野にも目を向けている。
成長著しいとされるインドだが、依然として、様々な製品やサービスの「供給過少」状態であることは否めない。
美容から、ベーカリー、ケータリング、洗車、洗濯、家事代行、仕立て、電気・電子機器の修理、そして医療や教育、金融サービスなどの社会的事業に至るまで、近年の経済成長の恩恵を受けて豊かになった消費者は、より質が高く、より新しいモノやサービスを渇望している。
画期的なサービスを立ち上げようという若い起業家を支援する、エンジェル投資家も成長しており、また「www.deasra.in」などの起業応援サイトも出現している。
プネでも、インド工科大学(IIT)出身で、ケータリング会社を立ち上げたという若者に出会ったことがある。
IITと言えばインド最高峰の工科大学であり、卒業者は漏れなく世界一流のコンピュター系企業に就職するか、明晰な頭脳を活かして起業するかのようなイメージがあったので、驚いた。
また、ウーバー(Uber)などの外資をはじめ、オーラキャブ(Ola Cab)などの新たなカーシェアリング・サービスが勃興、特に公共交通機関の乏しい都市において大ヒットし、ドライバーにして毎月3万〜4万ルピー(インドの平均年収は4万〜5万ルピーとされている)という、かつては考えられないような高収入を稼ぐ人が現れ始めている。
これから将来を担う若年層が、人口の過半を占め、また増え続けているインド。
その全員を満足に養えるだけの十分な雇用機会が、インドで生まれるかどうかはわからない。
しかし筆者は、少なくともITやBPO系産業への参入を闇雲に目指している若者に対して、個々人が前向きであること、積極的であること、一生懸命であること、リスクを恐れないこと、粘り強さと意欲を持つこと、謙虚であること、倹約すること。
そして、新しいことを学び、新しい能力を身につけ、定期的に自分自身を再発見する努力を怠らない者は、ITやBPO産業以外にも、必ず大きな成功を掴む機会があふれていると説いている。
わたしも、コラム筆者のメッセージにおおむね賛同しつつ、同時に、インドにおいて技術系以外の大学における教育インフラが極端に乏しい問題も挙げておきたい。
インド産業が真の意味で豊かになるためには、職業教育を含めた総合的な教育の質向上が、やはり不可欠であると言わざるを得ない。