「Nature Contested: Ecology, Society, and Environment in Contemporary India」(Mahesh Rangarajan、Ravi Agarwal、Rinki Sarkar編)というタイトルの、興味深いが難解そうな書籍について、ジャーナリスト、Ranjona Banerji氏によるありがたい書評を、「Business Standard」紙に見つけた。
まず冒頭に、「気軽に読めるような代物ではない」と断ってある。
ーーー以下、書評の抄訳
8編の論考を収めたこの本は、環境や自然保全を研究している人、あるいは、これらの分野に強い関心を持つ人に向けて書かれている。
学術的な性格の強い著作であり、専門用語に満ちている。
専門用語でないとしても、学術的な表現が頻繁に登場し、容易な理解を妨げることが少なくない。
簡単に言えば、本書は一般向けの科学読み物ではない。
血統や出自に基づく排除と、歴史的な文脈を欠いた言説との結び付き、あるいは両者の二項対立について論じたものである。
本書は、自然保全の世界に存在するさまざまな対立を浮き彫りにしている。
人間と動物、開発と自然地形、都市と農村、富裕層と貧困層、エリートと社会的に抑圧された人々、森林と耕作地。
こうした対立をはじめ、さまざまな問題を提示することで、読者に思考を促し、人間による破壊から自然を保全・保護することについて、一般に受け入れられている規範や価値観を問い直すよう求めている。
編者らは、次のような考え方を提示している。
「本書は、レフュジア(refugia、生物の避難場所)を超えて視野を広げ、経済活動に従事する人々と自然との調和を図るため、より幅広いネットワークを構築する可能性を示すものである。同時に、自然について考え直すには、その回復力を認識するだけでなく、国家と地域社会の双方による管理の下で、特定の重要な生態学的過程や生物種が脆弱であることも認識しなければならない」
冒頭の2章は、一般読者が「国家と地域社会による管理」という概念を理解するうえで、目を開かされる内容となっている。
インドの山々や河川については多くの文章が書かれ、議論が重ねられてきた一方、海洋については、沿岸開発の問題を除けば、ほとんど忘れ去られている。
Aarthi SridharとDivya Karnadは、それぞれの論考で、読者をインドの海洋に生きる人々の世界へと直接いざなう。
そこには、伝統的な漁業を営む、地域に根差した零細漁業者、商業漁業者、移動を伴う漁業者の間に、さまざまな境界線が複雑に交錯している。
海洋生物に及ぶ影響は複雑だが、環境上、あるいは商業上の決定によって人間が支払わされる代償も、同じくらい複雑である。
しかも、そうした決定に対し、当事者である人々には発言する機会が与えられてこなかった。
声を上げる手段を持たないことが、地域によっては差別や、奴隷労働に近い状況を生み出している。
本書全体を貫く論点のひとつが、都市のエリート層に属する自然保護活動家と、都市周辺部に暮らす農村や非都市部の住民、多くの場合は部族民やダリットの共同体との間に存在する対立である。
Hita Unnikrishnan、Harini Nagendra、Manjunatha Bは、特にこの分野になじみのない読者にとって興味深い旅へと導いてくれる。
その舞台となるのは、現在のベンガルールの市街地を形成している地域に、かつて存在していた水域や緑地である。
長年にわたり、水域を無差別に埋め立てて建物を建設したり、ごみ捨て場として利用したりすることが、ベンガルールの生活環境を汚染してきたことは、すでに広く知られている。
しかし本書を通じて、それらの水域の周辺や、「コモンズ」と呼ばれる共有地に暮らしていた、さまざまな共同体の存在を知ることになる。
都市の無秩序な拡大を可能にするため、こうした人々は社会の周縁へと追いやられ、あるいは住んでいた場所から立ち退かされてきたのである。
Nityanand Jayaramanによるチェンナイの開発についての考察は、成長を急ぐあまり、土地固有の現実を無視してきたすべての都市にとって教訓となる。
地形も、その土地の現実も考慮されなければ、しばしば災害が発生する。
チェンナイの場合、それは豊富な降雨と、その後に訪れる深刻な水不足という形で現れる。
インド各地で、同様の危機がますます激しさを増しながら繰り返されている。
南インドから一転して、舞台はアッサムへと移る。
Arupjyoti Saikiaの論考では、地域社会と厳しい自然地形の歴史が掘り下げられる。
この章を支配するのは、雄大なブラマープトラ川の予測不可能な自然の力である。
伝統的な、ほとんど遊牧生活に近い暮らしや、農業、漁業の営みが、コンクリートとれんがによって、どのように制御されてきたのかを知ることになる。
しかし、その結果として明らかになったのは、地理も地質も、人間の思い通りにはならないという事実である。
続く2章では、「保護」の対象とされる土地に古くから暮らしてきた人々の権利をめぐる対立、そして人間と動物の間の対立が取り上げられる。
Anand Vaidyaは、森林に対する権利をめぐり、アディバシ(Adivasi、インドの先住部族民)とダリット(Dalit、歴史的にカースト制度の下で差別されてきた人々)が、どのように分断されているのかを考察する。
その分断は、イデオロギーを掲げる人々によって生み出されることもあれば、それぞれの共同体内部の社会問題によって生じることもある。
あるいは、さまざまな努力が重ねられているにもかかわらず、両者が実際には連帯できているのかどうか、という問題もある。
Meera Anna Oomenは、人間と自然の対立の中でも、重大な懸念事項でありながら、一般にはあまり議論されてこなかった問題を取り上げる。
それは、人間とブタの対立である。
人間とインドイノシシ(Sus scrofa cristatus)との間で長く続いてきた争いについて、歴史、宗教、社会の各側面から興味深い背景を紹介している。
インドイノシシは、現在でも都市近郊で見かけることがあり、農民からは被害を訴える声が頻繁に上がっている。
ここでもまた、あらゆる状況に当てはまる単一の解決策や答えなど存在しないことが分かる。
何かを救う、あるいは何かを保全するために、上層部が一方的に下した決定によって、最も大きな苦しみを受けるのは、社会の周縁で暮らす人々なのである。
最後に、ひとつ助言しておきたい。
電子端末で読書をする習慣があるなら、本書も電子版で読むことをお勧めする。
印刷された文字は小さく、インクの色も薄すぎる。
ーーー抄訳終わり

ASKSiddhiは、Noteでも記事をアップしています。
今後メンバーシップを利用した企画なども考えていますので、
よろしければフォローしてみてください。