心を病んでしまって、どうしようもないときがある。
そんなときは、家を出る決心をすること自体が難しい。
出かけたほうがいいとは分かっていても、着替えて、荷物を持って、玄関のドアを開けるところまでが遠い。
それでも、多少無理をしてでも自宅を出ること。
できるなら、そのままふらっと旅をすること。
少なくとも、わたしにはそれが有効な気がする。
そして意外と、「カフェ代は」「コワーキングスペース代は」「旅費は」と心配し、何でも節約しようとしているときよりも、「まあ、なんとかなる」と思い切ってしまったほうが、タイミングよく仕事も入ってくる気がする。
もちろん、何の根拠もない。
ここまで「気がする」ばかりである。
でも今は、その「気がする」という心がけそのものを、大切にしたいと思っている。
そんな今回のゴア滞在で、特に楽しんだものも記録しておきたい。
まずは、勝手に「ゴアの親子丼」と呼びたくなった「ロス・オムレツ(Ros Omelette)」。

コンカニ語で「ros」は、グレービーという意味。
玉ねぎや青唐辛子、コリアンダーなどを加えて焼いたオムレツに、スパイスの効いたグレービーをたっぷりとかけて食べる、ゴアではおなじみのストリートフードだ。
グレービーには、ココナッツとさまざまなスパイスを使ったゴア料理のザクティ(xacuti)に近いものなどが使われる。
卵にチキンのグレービー。
となれば「親子丼」と言いたくなるのだが、実際には必ずしも鶏肉が入っているわけではなく、ひよこ豆などを使ったグレービーの場合もある。
したがって、「ゴアの親子丼」は、あくまでわたしが勝手にそう呼んでいるだけである。
そしてロス・オムレツにもよく合うのが、ゴアのパン「ポイ(Poi、Poee)」。
少し平たく、中が空洞になった、ピタパンにも似たパンで、小麦粉やふすまを使って作られる。
ゴアのパン文化には、ポルトガル統治時代の影響が色濃く残っている。
パン作りがこの土地に伝わると、酵母の代わりにヤシ酒のトディ(toddy)を発酵に利用するなど、土地にある材料や製法を取り込みながら、ゴア独自のパン文化へと育っていった。
ふっくらしたパオ(pão)、硬い皮を持つウンド(undo)、リング状のカコン(kakon)など、ゴアにはいくつものパンがある。
ポイもそのひとつだ。

そして、スイーツでは「ドドル(Dodol)」。
黒っぽく、見た目だけでは何のお菓子なのか想像がつきにくい。

伝統的なドドルは、米粉、ココナッツミルク、黒いパーム・ジャグリーなどを使い、弱火にかけながら長時間、絶えずかき混ぜて作る。
できあがったものは濃い褐色で、ようかんに似た独特の食感を持つ。
ゴアでは、特にキリスト教徒の家庭でクリスマスに作られてきた伝統菓子でもある。
ドドルそのものはインドだけでなく、スリランカやインドネシア、マレーシアなどにもさまざまな形で存在し、ゴアへどのように伝わったのかについては諸説ある。
ポルトガル統治時代に伝わったという説もあるが、その起源ははっきりしていない。
こうして考えてみると、ロス・オムレツを食べ、ポイをちぎり、ドドルをつまむだけでも、ゴアという土地が少し見えてくるようだ。
ココナッツやジャグリー、スパイスといった土地の味と、コンカニの食文化、そして、長いポルトガル統治の時代を経て根づいたパンや菓子。
それらが混ざり合って、いまではごく普通に街角で売られ、人々が日常的に食べている。
何か大きなことをしたわけではない。
今回の旅は、そもそも何かを達成するために来た旅でもない。
家を出て、知らない道を歩く。
おなかがすいたら、その土地のものを食べる。
カフェに入って仕事をして、疲れたら休む。
そして、また歩く。
そんなことを繰り返しているうちに、ほんの少しだけ、自分の中の風通しがよくなってくる気がする。
また「気がする」であるが、今はそれでいいのだ。
2026年9月ゴア写真集

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