最近、自分の精神状態があまりよくない。
とはいえ、寝たきりになっているわけではないし、昼寝をして一日をやり過ごしているわけでもない。
朝は、通いの地域猫、ドラミちゃんに起こされるので、5時ごろには目が覚める。
そのままiPadを開き、「朝日新聞」電子版を隅々まで読む。
風呂にも入るし、歯も磨く。
仕事もする。
ピアノも弾く。
本も読む。
語学アプリも続けている。
最近はデイトレーディングやスイングトレーディングにも関心を持ち、まずは関連書籍を読んで勉強している。
運動不足にならないよう、室内でも1日8,000歩を超えることを目標に歩いている。
こうして書き出してみると、むしろ結構いろいろなことをしているように見える。
ところが、自分ではそう感じない。
これらはほとんど、以前から続けてきた習慣をなぞっているだけだからだ。
ピアノには毎日触れるけれど、新しい曲にはなかなか手が伸びない。
デイトレーディングについても、ゲーム感覚で学べるアプリまでダウンロードしたのに、まだ一度も開いていない。
ドイツ語のアプリは続けられるのに、ノートを開き、新しい単語を書き留めながら勉強しようというところまでは進めない。
目の前に用意されているモノや情報なら消費できる。
しかし、自分から何か新しいことを始めることが難しい。
さらにハードルが高いのが、家から出ること、人に会うことだ。
「何もできない」わけではない。
むしろ、それなりに規則正しく生活している。
それなのに、人生が前へ動いている感じがしない。
そんな状態を、自分では漠然と「雨季性うつ」と考えていた。
ただ、この「雨季性うつ」という自分なりの呼び方については、もう少し慎重になる必要があることも分かった。
医学的には、季節によって繰り返すうつ状態を「季節性情動障害(Seasonal Affective Disorder、SAD)」と呼ぶ。
わたし自身、うつとはもう何年も付き合っている。
1年のうち雨季だけに気分が落ち込むわけではない。
ただ、振り返ってみると、雨季になると状態が悪くなることが多い。
昨年の同じ時期にも、今回とよく似た状態になっていた。
米国国立精神衛生研究所(National Institute of Mental Health、NIMH)によると、SADは、特定の季節に繰り返し現れるパターンを持つうつ病の一種である。
診断上は、特定の季節に抑うつエピソードが起きるパターンが少なくとも2年連続していることに加え、その季節に起きる抑うつエピソードが、ほかの時期より多いことなどが重要になる。
わたしの場合、雨季以外にも長年うつに悩まされているため、自分の状態を「雨季性うつ」やSADと断定することはできない。
ただ、「もともとあるうつ状態が、雨季になると悪化しているように感じる」というのは、自分自身が繰り返し経験していることである。
それが日照時間や天候など季節そのものと関係しているのか、雨季には外出する機会が減るといった生活環境の変化によるものなのか、あるいは別の理由なのかは、わたしには分からない。
だから今回は病名をつけるよりも、「なぜこの時期になると、また同じような状態になるのか」を観察してみることにした。
NIMHが説明するうつ病の症状には、強い悲しみだけではなく、「以前楽しんでいた趣味や活動への興味や喜びを失う」「エネルギーが低下する」「集中したり、判断したりすることが難しくなる」といったものも含まれている。
つまり、風呂に入れるか、仕事ができるか、本を読めるかということだけでは、心の状態を測れないらしい。
ただ、自分の状態を調べていく中で、ひとつ非常に興味深い考え方を知った。
「行動活性化療法(Behavioural Activation、BA)」である。
英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence、NICE)は、うつ病に対する心理療法のひとつとして行動活性化療法を挙げている。
これは、気分がよくなるのを待ってから行動するという考え方ではない。
自分がどのような活動をしているときに気分が変化するのかを見つけ、活動と気分との関係を確認する。
そして、何かを避け続ける行動を減らしながら、気分の改善につながる行動を具体的に計画していく。
特に、うつによって人との接触を避けるようになったり、することが減ったり、活動しなくなったりした人に役立つ可能性があるとNICEは説明している。
この説明を読んで、少し腑に落ちるところがあった。
自分に足りないのは「活動量」だけではないのかもしれない。
わたしは毎日8,000歩歩いている。
新聞も読む。
本も読む。
仕事もしている。
問題は、その多くが安全に繰り返せる、すでにでき上がった生活のルートの中にあることなのではないか。
新しい曲を1曲選ぶ。
ダウンロードしたアプリを初めて開く。
ドイツ語のノートを開く。
家の外へ出る。
誰かに会う。
こうした「次の1歩」になると、急に力が必要になる。
もちろん、これは行動活性化療法を自分なりに生活へ当てはめて考えてみたものであり、専門家による治療そのものではない。
運動についても調べた。
2024年に医学誌「The BMJ」に掲載された、218研究、計1万4,170人を対象としたシステマティックレビューとネットワーク・メタ解析では、歩行やジョギング、ヨガ、筋力トレーニング、有酸素運動などが、うつ症状の軽減と関連していた。
もっとも、自分の場合、「では8,000歩を1万歩にすればよい」という単純な話でもなさそうだ。
既に歩いている。
むしろ今、自分が考えたいのは、何歩歩いたかではなく、その一日の中に、ほんの少しでも「昨日とは違う行動」があったかどうかである。
新しいことをする意欲が戻ってから、新しいことを始める。
これまでの自分なら、そう考えていた。
でも行動活性化療法という考え方を知ると、順番は必ずしもそうではないらしい。
気分が変わるのを待つのではなく、できる範囲で行動のほうをほんの少し変えてみる。
それによって気分や生活との関係を観察していく。
今のわたしに必要なのは、大きく人生を変える決断ではないのかもしれない。
毎日の習慣をきちんと守れている自分を否定する必要もない。
ただ、その中にひとつだけ、昨日までなかった行動を入れてみる。
今日は新しいピアノ曲の最初の数小節だけを見る。
明日は、ダウンロードしたままのアプリを開くだけでもいい。
そうして少しずつ、「用意されたものを消費するだけの毎日」から、自分から何かを始める毎日に戻ることができるのか。
しばらく試してみようと思っている。
そして、もうひとつ。
NIMHでは、興味や喜びの喪失を含む症状が続き、日常生活に影響している場合には、医療従事者に相談することを勧めている。
「まだ仕事ができているから大丈夫」とだけ考えるのではなく、必要なら専門家に相談することも選択肢に入れておきたい。
人生が完全に止まってしまったわけではない。
毎日はちゃんと続いている。
ただ、文字通り、同じ場所を歩き続けている。
だから今は、大きく方向転換することよりも、まず昨日とは違う一歩を1つだけ踏み出してみようと思う。
なお、日本では「病院へ行くほどなのか分からない」という段階でも、厚生労働省の「こころの健康相談統一ダイヤル」(0570-064-556)や、各地の精神保健福祉センターなどに相談できる。
精神保健福祉センターでは、こころの状態について相談し、必要に応じて地域の医療機関を紹介してもらうこともできる。

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